2008年12月4日木曜日

八戸信金事件貸金四億四千万時効?5


川勝理事長は職業上知りえた秘密を守る義務はないのか?
理事長の頭には一括競売が既にあったのだ。職業上知りえた秘密を守る義務はないのか。この市議以外にも複数の市議がこの話を方々で耳にしている。つまり川勝理事長は至る所でこの問題を話して歩いているのだ。自分がされたら嫌な気持ちになるだろう。世間知らずと笑うかも知れぬが、必死になると走るのが若者の特性。この田中氏の三女夫婦が川勝氏の自宅を訪ねて、競売の中止を懇願したそうだ。『そんな都合のいい話には乗れない』とにべもなかったそうだ。それは当然だ、理事長たる者が私情に動かされていては商売にならない。しかし、それは良しとしても、方々で競売申請をする前に一括競売にするの発言は非常識極まりない。これが弁護士や医師なら資格はく奪は間違いない。守秘義務があるからだ。世の中余計なことを言うのは筆者一人で沢山だ。憎まれ役を買って出ているのも八戸を良くしたい、来るべき新幹線に市民が備えて欲しいために必死になってやっているのだ。
筆者は老人の部類に人った。世の中は若者のためにあると、疲れた身体にムチ打ちながら頑張っている。誰でも認められたいと願っている。若者の行動は短絡で直情だが、それだから尊いのだ。
 出来ないことは出来ない。それは当然だが、経営が浮上し返済計画が建ったものを殺すは非道だ。
八戸は今不景気の波を感り太平洋金属を始めとして二千人以上が解雇される。その家族を含めると一万人程にもなるだろうか。そんな中でも寝ずに働く若者がいる。
自分たちの生活を守り、汗と脂にまみれて働こうという勤労意欲に燃える若人をつぶすのが八戸信用金庫の仕事なのか。
 判らない、何度考えても判らない。こんな理不尽なことが通れば世の中は闇だ。
 何のための金融機関だ、何のための財務局だ。何のための大蔵省なのだ。納税は国民の義務。しかし、勤労意欲のある者の芽をむしるな。せっかく、芽が出て、返済計画も建った人々の汗と脂を無駄にするなら、法治国家の名がすたる。考えろ、自分自身が何のために生をこの世に受けたのだ。人々を苦しめるためにか、それとも人々のお役に立つためにか。人間に生まれたことを恥じろ。人間の皮はかぶっているが犬畜生にも劣るぞ。
人間ってのは、人間ってのは人の苦労を知る者が人間なのだ。人の苦労は百年ガマンできるが、自分の苦労は一日でも嫌だじゃ、人間やめろ。人間廃業だ。人間失格だゾ。
青森県が生んだ偉人、魂の叫びの出来た太宰治の名は今でも人口に膾炙(かいしゃ・広く世人に好まれ、話題に上って知れわたること)される。人々の苦悩を我が一身に受け、その苦衷の中で心中という恥ずかしい死に方を選んだ。
我が身こそ最低なり、人々は我を踏み越えて生きよと叫んだのだ。イエス・キリストは盗人と共に処刑された。盗人と同じ死に方の中でこそ、我が身が最低で、それを乗り越えて強く生きよと教えたそのままだ。
 我々凡人は大宰のように強く、そしてハレンチに死ぬことは出来ない。我が身が可愛くて仕方のないだらしない人間なのだ。弱い人間なのだ。しかし、なろうことなら、大宰になりたいものだ。人々の苦衷を知り、そしてそれを乗り越えて生きよと、口ごもりながらも言いたいものだ。
 それ程偉大じゃなくとも、人の苦痛を知る人間になるべきだ。川勝理事長にはその人々の苦痛、庶民の辛さが判らないのだろう。だから、前森理事長は立派だったが、今の理事長はと言われるのだろう。
今は平成大不況の真っ只中だ。それでも太陽の出ない夜はないのだ。必ず、苦しい中から夜明けが生まれる。田中氏一族はその夜明けをやっと迎えた。それを踏みにじるな。心あらば肋けてやって欲しいものだ。
 田中長次郎氏は昭和八年生まれ。昭和三十六年に長者湯を月岡町に庶民の憩いの場の銭湯を開業したが、昭和四十年には大杉平に長寿の湯を移転開業、昭和五十五年に下長に長寿温泉を開業。白浜のプレイビアは昭和五十九年に開業し、ここで遊園地を造った。開業当初の三年程は利潤を上げたが、絶えず遊具を新設しなければならず次第に下降線を辿る。年間四億円も売上があったそうだ。遊具を設備する時に借金が出来た。五年後には遊具を買い取る条件で遊具メーカーと交渉。遊具を買い取る時には八戸信用金庫は融資をすると約束していたが、いざの時に駄目と断り、それから転落の道。新八温泉も十六億かかったが一年たらずで手放した。これは、岩手県北バスが購入し今はドル箱。売却価格が十四億で二億円の損と弱り目に崇り目。それもこれも八戸信用金庫が約束を守ってくれなかったからと出るのは愚痴。
 マア、それはよしとしても、折角返済が出来るようになった人を
見殺しにする八戸信用金庫は憎まれても仕方がない。憎まれるようにならないと優秀な金貸しにはなれないとの格言もあるので、何をか言わんやでもあるが、それにしてもチョット間違ってやしませんか? 八戸信用金庫さん。
 更に追い打ちとなったのは根抵当を付けていた二番、三番の債権者の動きだ。普通は一番の債権者の動きを無視して二番、三番が強制執行をすることはないが、八戸
信用金庫の優柔不断の姿勢に業を煮やし、日本信販は田中氏等の預金を押さえにかかった。八戸信用金庫は競売をすると踏んだのだ。普通は金利減免で企業を存続させ貸金の回収に力を注ぐが八戸信用金庫だけはそうはしないようだ。今までの倒産例をみても競売で決着をつけるのが最善の方法とみている。競売だけが処理の方法ではない。人を生かし、伸ばし、そして我も伸びるが自由経済の原則だ。
星弁護士が『このご時世で競売をしても元本を割る程度の金額しか八戸信用金庫さんは手に出来ないのじゃありませんか』と言うと佐藤前管理部長は『そんなことはいい。監督官庁に競売して損が出たと説明すればいい、そんなことは余計なお世話だ』と開き直ったそうだ。ここに八戸信用金庫の根源的な誤りがある。第一番の抵当をつけた者は、他に先んじて競売の配当を取れる。二番、三番はそれが出来ない。不動産は競売にかかっているが動産は未処理で、これに競売をかけてくる。良識ある金融機関は一番の権利を執行するため、二番、三番には再建計画を打ち出すので待って欲しいと言うのだが、星弁護士が二番、三番の債権者に八戸信用金庫と交渉中だと言っても、八信さんは競売を必ずします。話に乗らず、話に乗るふりをして時間だけを稼いでいるんですヨと言ったそうだ。まさに、この考えを持たれると横っ腹から水が洩れだしたようなもので、交渉がまとまるどころか状況は悪化。
競売にかけようと思っている不動産も動産を先に競売されれば風呂屋の機能はマヒする。風呂の釜や蛇口などは競売出来ない筈はない。それでも競売で予定額の金員を確保できると思う八戸信用金庫の神経は病んでいる。何故この再建案に乗らず、競売で貸金に満たぬ額を手にいれようと頑張るのか判らないと気鋭の星弁護士も首をひねる。八信は全国的レベルからみると理解に苦しむ態度をとり、借主も苦しみ、預金者もみすみす損をするような手段方法しか選べない八戸信金の首脳陣は総退陣するべきだ。前号でスッパ抜いた階上町長疑惑に継ぎ、この八信特集は更に続く。庶民の怒りの代弁者『八戸今昔』に乞うご期待。困り事は昔四五・三三四四まで。