八戸の馬市と中村熊太郎氏
本年八戸の馬市に於いては出場の馬匹頗る多く価格は一頭平均五円以上にて中々高値の方なる由が数多の馬主の中にあって三戸郡名久井村中村熊太郎氏の馬匹においては逸物多く市中尤も評判なりしという氏は名久井方面にて有数の豪農にして酒造業を兼ね人望なかなかに盛んにして産馬組合に於いては創立の際より委員となり今は郡会議員の職をも帯いる由本年氏の引き出したる馬匹の主なるものを挙げれば退去雑種鹿毛代金百円一回雑種鹿毛代金百五十円退却雑種鹿毛代金百五十円、一回雑種鹿毛代金二百十円、以上四頭は種馬牧場へ買い上げられる四回雑種鹿毛代金百二十一円、初谷某に買い上げられる、二回雑種鹿毛代金三百十円、退却雑種青毛代金二百二十円以上○馬所に買い上げらるる一回雑種青毛代金百九十円、四回雑種青毛代金七十円、純洋種栗毛代金八十円以上三頭は軍馬育成所に買い上げられる等にしてこの以下なお数頭ありし由なるが同氏の馬匹は本年に限らず例年の如しという
三戸町通信
当町に於ける戸数は九百四十八戸人口は四千六百三十八人内士族百一戸平民八百三十七戸にして士族の内男二百五十九人女二百五十二人平民のうち男二千百五十一人女千九百七十五人なり
●当町に於いて本年の徴兵適齢者は三十壱名あり
● 当町大字久慈町二番戸平民菅原直氏は本県第一中学校生にして本年徴兵検査なりしが今般一年志願兵を出願せり
● 三戸病院当直医下山千代吉氏は留崎検梅医を辞したると同院には外一名の当直医あるに何の都合にや過日本郡長より開業医たる山田某に検梅医を任命せりという
● 三戸病院の欠員なるにより今度東京より聘せんとす不日理事者たる栗谷川町長上京する由なり因に記す同院は明治十年以来継続し来るに過般より本郡役所より昨年県令第三十八号により更に設置認可を経ざれば消滅且つ医員の如きは反則なる旨通牒に接し栗谷川町長には郡衙に出頭して従来設置に係るものは前段認可を経ざるも消滅となる理由なき意見を持して陳情せるに第三十八号県達の主意は認可を経ざれば消滅なり且つ其の筋よりも右の次第を申し越せりとのことにて其の手続きを為すなりと一旦帰町せんとするに山本県参事官郡衙に出張せるに際し同参事につき伺い出たるに従来より設置の分は認可手続きを経ざるも消滅せざるの法意なり併し取締上届出でだけは為すべしとのことなりし由前項検梅医の任命も多分役所にて法文誤解の点より取りはかるべしというものあり
● 三戸町の赤痢
三戸町の通信によれば同地にては今回赤痢患者三十名発生し警察及び町役場にて日々厳重に消毒を施行しおれるが右は大抵腸カタルの変症なる由にてこれまでは余り世間に知られざりしも警察にては日々巡査をして戸毎に患者の有無を取り調べしめ施療の医師にも注意したるところ一時に届け出となりて前記の患者を出すにいたれる由之がために町役場にては吏員一同消毒に尽力して朝は六時より晩は六時ころまで執務するが如き俄かに繁忙をきたしおれりと尤も右三十名の患者中二名は全治の旨去る二十七日医師より届け出であれりその他二三名を除くの外は真正の赤痢ならざるべく臥床しおるものはなき由斯く腸カタルの気味あるものは悉く赤痢として取り扱うが故に新患者は却って医師の診断を厭い隠蔽するが如き有様なれば世間の浮評もとりどりにて隣郡福岡地方においては三戸町は町内過般赤痢に悩まされ交通遮断しおるなど噂しおる為用事のありたる者も見合わせるがごとき勢いにて昨今の同町は寂寞たる景況なりという
● 自転車の速力 英国にて進行中の汽車中にある窃盗に追いつき之を捕縛したる巡査あり、今其の方法を聞くに巡査は前進せる汽車に窃盗あるを知るや直ちに自転車に乗り次の停車場に駆けつけ汽車の未だ到着せざる故暫く待ちおり遂に之を捕らえたるなりと其の機敏驚くの外なかるべし
これを読んだ日本人は驚いたろうなア、自転車とは一体、いかなるものだと驚嘆したろうが、何、汽車がのろいだけサ、現今の者なら知悉だが、まだ自転車を見たことのない当時の日本人には驚嘆だったろう。俗に百聞は一見にしかず。まさにこれ。
● 五戸組牡馬競売
五戸組にては本月十日より同十八日まで二歳牡馬競売の景況を聞くに内国種五百三十二頭其の代価二万千二百四十八円七十銭一頭につき平均三十九円、最高三百五十円、最低四円雑種十七頭代価三千六百三円、平均百八十円、最高四百十五円、最低四十二円なるが内軍馬購買に係るものは和種五十七頭雑種九頭にして最高二百十二円、亦奥羽種馬牧場に於いて買い上げたるは和種十三頭、雑種五頭最高二百七十円、最低七十円なりと
● 三戸郡有志大懇談会
政界まさに多事中なりの今日、気骨稜々の政客なんぞ黙して止まるや三戸郡の有志此処に見る所あり去る三日大懇談会を八戸町城西武蔵野軒に開く相会える者県会議員、郡会議員、町村長と土曜会派の有志たち無慮百名ばかり座定まりて先ず時の政治問題につき協議するところあり終わりて直ちに酒宴に移り席上発起人岩山高充氏起て開会の趣旨を述べ次に奈須川光宝氏今の政界に関する氏の所見を開陳、次に坂本●の進氏より痛快なる演説あり其より赤石辰三郎氏は源代議士を始め各地より到着したる祝電を朗読し終わりは献酬となりて酒間胸襟を開き快談をなす
● 八戸商業銀行 過日の紙上に掲載したる八戸町新設の銀行は八戸商業銀行として出願したる由重役の予選については二派に分かれて未だ決定せざる由
● 八戸盲人会 三戸郡八戸盲人会はかねて記せし如く設立数年前にあり爾来熱心盲人の教授に接し生徒は他郡よりも来たり居る由なるがこのほど按摩科に卒業生五人針治科にて一人ありしと目下同会の教授を担任しめるは医師中野健隆盲人永洞清吉十日市茂吉岩間某氏にして同会にて教授等に従事しおるものに対しては別に報酬とてもなきことなればいづれ有功章にても寄贈したきことにて会員等思案中なりとここに八戸町豪商加藤万吉氏病死の際同子息より同会に対し功徳の為とし金二円を寄贈し第二尋常中学校教諭斉藤文学士も同会の挙を賛成し在任中毎月金二十銭づつ寄付するなりと定めの如く出金し居り殊勝というべし
● 八戸盲人会の事については過日の紙上にも記するところありしが同会の卒業生は田中作太郎、一戸万次郎、清川丑松、東熊吉、松倉久六、小笠原兼松の六名にして尚同会にては算術及び○学等も教授する由にて其の講師は中里正賢氏なるが同氏は盲人なれども嘗て昌平黌(しょうへいこう・江戸幕府の儒学を主とした学校)に遊びたることあり算術は当時の中学校教師位の比にあらざる由階上銀行監査役石岡徳次郎及び武尾徳太郎の両氏も同会の為に尽力しおれりと
● 八戸町の有給助役 同町は従来名誉助役ありしが更に一名の有給助役を置くこととなりこのほど盛岡の某氏推薦せられて来任したる由南部一の都会と呼ばるる八戸町にも助役に適当な土着人無しと見えたり
● 第二回水産博覧会受賞者
田作 市川村 三浦直哉
八戸町 川越松五郎
鮑油 小中野村大久保弥三郎
田作 鮫村 深川治郎
干鮑 同 高橋虎之助
端折昆布 同 高清水蔵之助
島田昆布 同 高橋勝太郎
同 同 田中常吉
干ホッキ 八戸町 槻館門蔵
鰯搾粕 同 富岡新十郎
同 同 富岡重三郎
同 同 関野喜四郎
鮑味付け 同 田中常吉
鮪○ 同 槻館門蔵
○皮 同 阿部松助
網 同 大岡嘉蔵
釣具 同 富岡新十郎
鰹節 階上村 平戸小助
つのまた 階上村 島守浪雄
○○ 同 佐京彦松
ホッキ万牙 港村 長谷川勝次郎
● 八戸の強盗捕縛 本月四日のことなり八戸町において二箇所強盗騒ぎあり一は午前二時頃大字上組町五番戸戸館西松方他は同三時三十分頃大字二十六日町二十六番戸菓子商平田安太郎方にしていずれも忍び入りし強盗は一名なりしが双方とも家族の騒ぎにて近所合壁の知る所となり遂に其の目的を達するを得ざり其の筋にては注進に接するや早くも手○を為して之が逮捕に着手せしも賊はいずれに逃亡せしや跡白波容易に手がかりもなかりけり是より先同町大字上組町十一番戸に立花柾次郎(二十二年)てうあり年に似合わぬ悪漢にしてこれまでも詐欺取財にて一回窃盗にて二回都合三回処分を受け近頃監視規則違反として其の筋の注意を受けたるのみならず其の問題更に詐欺及び窃盗等数罪現れ来たりいよいよ逮捕に着手しおれるものなるが今回の強盗もこのものの仕業なると知られたるより八戸警察署のみならず八戸憲兵屯所にても数名の角袖(これがデカの語源・カクソデの下字のデと上字のカ)を派し種々の手勢を為して熱心に是が逮捕に従事し我こそ其の功を得んとしてあせりしもこの賊は白鞘を懐中しおりて危険のおそれあれば容易に近寄ることならずとの評判あり且つ何処に跡をくらましおるにや更に見当たらずして両日を経過せしが七日に至り賊は小中野遊郭の在りて一夜の春を買いおりしとの噂あり八戸署在勤刑事巡査雑賀重八郎氏は早くも之を聞き込み探偵方々単身にて取り押さえに向かわんとせり署長初め其の危険を注意せしも日ごろ大胆にしてこの道に熟練なる同人なればあえて意にかいせず日暮れごろブラブラ小中野に向かいし(この先破損)身振りにても今時分戻るも怪しや或いは目指す曲者にあらぬかと思わず柾次郎でないかと口走れば果たして曲者柾次郎この声聞くや否や車上より飛び降り肌脱ぐ手も見せず己がはきし足駄をもて雑賀刑事めがけて飛びかかれり柾次郎は大胆不敵の強者腕力にてはもとより数人を敵として屈せぬというもの殊に凶器をさえ携えしおることなれば雑賀刑事も容易ならぬ敵とは知りつつも初めよりより覚悟しおることなれば直にこれに手向かい先ず身をかわして打ちかかる柾次郎に空をうたせながらかねて用意の棍棒を以って心地よく柾次郎の小びんをなぐりて鮮血淋漓たりしも柾次郎は少しも屈せずかえって是までと覚悟しけん益々狂い廻りて抵抗し組み付かれ組み付かれずと争いし雑賀刑事も遂に柾次郎のために組み付かれかくては雑賀刑事も今は危うく見えつつやや暫く争いおるうち柾次郎を乗せ来たりし車夫の注進にて加勢の八重田巡査を初め溝江、岡田の三巡査駆け来たりて暫し争いたる末難なく之を取り押さえたりと言う尤も柾次郎の逮捕せられたるを聞くや同地方にてはいずれも安堵しおる由
● 山崩れ人死す 三戸郡上長苗代村大字根岸山崩れ死亡三人、負傷者数人は三戸町諏訪内出水の為
● 三戸郡水害 三戸郡において最も甚だしい水害に罹災しは小中野村にして同村の浸水家屋は三百七十戸新町は三尺位に過ぎさりしと雖も浦町すなわち遊郭地の如きは床上の浸水五尺以上に達したれば二階のあるところは家具を二階に持ち運び二階なきものは屋根に取り運ぶなどなかなかの騒ぎにてありしが郡吏役場事務員巡査等は舟筏に乗りて二階或いは屋上におる老若男女の救護に尽力し又一方はまさに流失せんず有様なるを以って消防夫等は専心之が防衛に従事したるため幸いに流失を免れるを得たりその他各村とも浸水家屋多く是川村部内の如きは○を流失したるもの十戸以上もありし由なれども家屋の流失せしものなきは不幸中の幸いとや言うべき小中野の罹災者へは八戸町の主だちより炊き出しを給与したりという
馬淵川は以前の洪水より七尺位水量は少なき方なりしも各小川は一尺五寸も増水したり
農作物は過般再○の洪水に罹りたれどもその後天候順に帰したる為其の景況至って宜しく今後一週間位もこの天気続きたれば稲作の如きは昨年に比して五割以上の増収あるべしと農家一般に喜びおりたるところなんぞ図らん去る月二十八日の暴風にて二十九日洪水となりて川岸近傍の田畑は大河と帰したることとなれば五割どころか翌年の籾さえ獲ることあたわざる所も数多あるべく今尚浸水か所ありしという