2008年9月20日土曜日

円生の葬式のしきたり話

まア、昔と今ではいろいろ事柄が変りますが、お葬式というようなものでも、あたくしの覚えでもずいぶん違いましたもので……。第一に、いまお通夜といいますが……お通夜はいたしませんね、七時から九時までなんという、二時間だけやる。あれは本当は、一晩中仏のとぎをするので夜明けまではどうしてもいなければならない、これが本当のお通夜なんですが……。まア、あたくしどもと皆様がたの方とは違いまして、堅気のお宅ヘ一度お通夜に行って驚いたことがある。なにを驚いたかてえと、実にどうもその行儀の良いこと……膝へ手をついて、ぴたッとみな正座をなすって、頭を下げましてね、しーんとしている。隣同士でぺちゃぺちゃ喋ったりしても失礼に当たる、だから自然に、黙って坐っている。すると時おり、向うから食べるものを持って来てくださる、お酒が出る、これもあまりはしゃいで食べるわけにはいきません。静かにいただいて片忖ける、お腹はだんだんくちくなる、時間は経つ。なんにもしないんですから眠くなりますが、居眠りをしたりしたんじやまたいけないという……どうも一晩いてたっての苦しみをした……。
それにあの、今の方がご存知ないのは告別式というもので、大抵あれで済ましてしまいます。昔はああいうものはありませんで、お寺までちゃんとお見送りをしなきゃなりません。これは途中、行列というやつでみんなぞろぞろ歩いて行く。出棺が午前中というのは少なかったようですな。たいていは午後、それも一時ではなく二時とか三時の出棺という。どうしてそうなんだてえと、前の晩がお通夜でございます。夜明け頃まではどうしてもみなさんがいなくちゃならない。夜が明けてから皆、自宅へ引きあげる。で、ちょっと一寝いりして、それから支度をしなおして行くというんですから午前中ではちょっとどうもその間がありませんので……で、午後になるという。出る前には必ず、「出立ちの飯」といいまして、ご飯をいただきます。こりゃまァ、身寄りの者に限りますが「一ぱい飯」と言って、あれはお代りをする訳にはいきません。豆腐の味噌汁などをこしらえて、ご飯の上へこれをかけて一本の箸で立ちながら、これをすうーッと食べるんです。だから一本箸で飯を食うもんじやない、一ぱい飯は縁起が悪い、お汁をぶっかけて食べるもんじやない……そういう事はみんなこのお通夜からきたもんでございましょう。それから立って食べるという事もいけない。履物をはいて上から土間におりるという、これもやはりお葬式のほかはやりません。草履を畳の上ではいて棺を担いで土間へそのまんまおりる。昔はまア大抵駕籠でございますな。駕寵かきという者が六人、ま、四人の場合もありますが多いところは六人とか八人……半目はございませんが両側へ股立をとりまして紋付の着物、それへ近親者の者がこれへ並ぶというわけで、家督を相続するという方が位牌を持ちまして、お迎え僧のあとからぞろぞろ歩いて行く……まアお寺が近きゃいいんですが、かなり遠いこともありましてね。四キロとか六キロ、あるいは八キロぐらい離れたところもありますからそれを歩くんだから容易じやありません。
 いよいよお寺へ着きますと、ご親戚だとか近親の方はみな本堂の方へ……。ですからお寺というのは広いお座敷がいくつもありまして会葬者がこれへ入る。もしそれでも足りない時は隣にお寺があれば、これも借りるというようなわけで、そうなるともう大変ですから……。
 盛り菓子というものが出ました。本来ならば各々へお菓子を包んでくださるわけで……。ところがお饅頭などのお菓子を盛りましてね、それを大勢いるところへ、二ヵ所なり三ヵ所なり持ってくる。ところがこういうものにはあまり手をつける人はありませんで、「じやひとつ、いただこうか、なんてんで、つまんだりなにかすると、「あの人はどうも場所柄を知らない、いやしい人だね」 なんてんで悪く言われますから、みな遠慮をしてだれも手を出しませんで、だからあとで評判が悪かった。「あれだけの家なんだからねエ、盛り菓子しなくったっていいじゃねえか。あア、ケチですね」 なんてんで……今じゃもう、ケチにもなんにもまるっきり出しませんから……。
 それから帰りがけには必ず一人に対して一つの折りをくれました。これは隅切りの折りでございまして、隅のところがちょいちょいとこう切ってある。六寸というんですが、十八センチぐらいなんでしょうかな。それで中にお菓子が三つ入っております。羊羹が一本、今坂(いまざか)というお菓子、大福餅の大きいようなもんですが、それからもう一つは打物でございます。その上のところに紋がついておりましてその家の定紋でございますな。これはお菓子屋へ注文してそれをちゃんとつける。で、この三つのお菓子が入った折りをおのおのに頂戴をして帰ってくるという。それから後には切手になりました。五十銭、共通切手といって、ほうぼうのお菓子屋さんの名前がずうーと裏に印刷してある。そこへ持って行くと生菓子と取り替えてくれるというわけで……。それから一円になりましたが、もうそれ以後はそういうことがなくなり告別式ということになってしまいましたが……。お経なんぞア、まるっきり会葬者の末席の者はわかりませんで、部屋が違うんですから。そこでまア、お互いに雑談などをしている。ご親戚の全部、焼香がすむとこれが大勢そろって会葬者のところへお礼にくる。
「(両手をつき)今日はどうもご遠方のところを有難うございました。今日はありがとう存じました」これがすむと、「あア、じゃもう帰りましょう」てんで、ぞろぞろ出るというわけで……。
 それからもう一つ、強飯(おこわ)が出たことがあります。赤飯でございますね。これはお目出たい時にはあずきを使いますが、お葬式の時には黒豆を使う。小豆のかわりに黒豆が入っている。もちろん、おかずはちゃんとついております。がんもどきとか焼き豆腐、半ぺん、そんなものがちゃんとついている。折りのこともあれば、竹の皮へ包んだというものもある。これを会葬者へ出す……そりゃアそうでしょう。長時間あなた、歩いたり、待たされたりしているんですから、そりゃお腹も空いてきますから、これをいただいて食べなければ腹が減ってどうにもやり切れない、それがためにこの強飯というものを出したものです。