2008年6月4日水曜日

時代錯誤・八戸水産課は江戸時代・問題意識ゼロ1


八戸水産事務所の怪
八戸には中央卸売市場(青果・花卉)と地方卸売市場(魚介)の二つがある。いずれも赤字で青果は毎年五千万円、魚介は一億六千万円ほどが一般会計から補填されている。
どうしてこうなったかを見てみると、魚市場は昭和三年小中野町立湊川魚市場が嚆矢(こうし・はじめ)夏堀源三郎が昭和七年に八戸魚市場を設立し、湊川魚市場組合の業務を継承。
ここで解説すると八戸魚市場(岸壁に建設される建物は八戸市有。土地は青森県)八戸魚市場は株式会社で営利企業、八戸市はどうして魚市場を維持する金を得るかというと、営利企業の魚市場で水揚げされた魚をセリにかける。この取引金額を営利会社から提出させ、それの0・四%を八戸市に収めさせる。
脱線するが収める文字には予定していたものが入るという意味あり。
ところが漁獲高は最大から十七%に激減し、漁業家、加工家、市場、八戸市も困った。
八戸は港から拓けたと言った市長も滅び、八戸の漁業を考える頭脳を持った市長はその後登場しなかった。
ところが、総務省上がりの市長が登場し、水産振興を推進するべく港の老朽化に対し岸壁整備案を提出。この問題は後回しにする。
漁獲量の減少により、市側が取る0・四%が払えなくなったのだろう。条例を変えて0・三五%とした。これは平成七年一月一日。手数料減少を願うより営利企業の合理化を叫ぶべきだが、この点はどうだったのか。
さて、青果市場の手数料は0・三%と魚市場より低いが赤字の幅は魚市場より少ない。なぜ赤字幅が減少できているかというと、担当課の意識に違いがある。市場は広大な敷地を有するが、その使用料を青果市場は請求し、魚市場は請求していない。
青物市場の敷地使用料は九千万円。この差がモロに一般会計からの補填額となって出ている。
ものごとにはすべからく潮時があり、それを巧みに利用するからこそ、未来への資金を溜め込むことができる。それを見逃せば、困難な時を解消する智慧も軍資金もないという惨状に陥る。
これがまさに水産課のそれだ。
税は富の再分配、これが原則、だが納めたから苦しいときに手助けしてくれるとは限らない。だが、保険だと思えば腹もたたない。保険会社だって、保険金を支払わない時代だ。役所が手伝わなくとも文句も言えないが、払える時代に手数料を支払っておけば、払えない時に払えといわれるよりは楽。
今、「はちのへ今昔」が問題にしているのは、手数料条例に定められた徴収を市側がしなかったことを責めている。条例どおりに執行しないは市側の怠慢なのだ。
条例で市場の使用料を定めている。卸売場一時使用料、魚市場用地使用料などだ。どうして、同じ八戸の市場で青果と魚市場に大きな物の考え方に差がでたのか。
青果市場は三十年前に誕生した比較的新しい設備で、経済に対する考え方が明白で、魚市場は原始的な開業にあまんじていた所が在る。
市場が担う社会性より自分たちだけが生き残ればいい程度の問題意識が、いまだに尾をひいている。
担当課が作成しなければならない諸表も水産課はその責を果たしていない。岸壁を市側は青森県から年間千六百万円で借りている。借りている以上、どのように使うも自由。
青物市場は業者の車両駐車料を一台あたり千円を徴収。水産課はそれをしていない。水産課の職員も駐車料を納めていない。青果市場は担当課員も千円を納めているそうだ。
意識のありようが薄い。水産課は水辺にあるだけに水っぽいのだろう、脳内が。
問題意識の無い所には、どのように改革、改変を求めてもムリ。叫ぶだけ空しい。
青果市場の付属施設使用料等の内訳(業種別・施設別)表には真摯に条例を守り、それを執行しようとの努力が見えるが、水産課はそれすら作成せず、昭和七年当時のなんとかなるべ、程度の認識しかなく、諸表を作成し、使用料徴収こそ担当課の使命であるの認識すらない。
かかる状態は、漁業家と苦楽を共にする決意の欠如なのだ。良いときは良いなりに支払っていただく、悪い時は考慮する、これが行政の根源で、味噌も糞も一緒にする業者との馴れ合いもたれあいが事態を一層悪くするのだ。