ラベル 国民健康保険 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 国民健康保険 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2008年8月26日火曜日

困民救済 八戸で医療費全額自己負担者の解消 5



国保税滞納28億円、市税滞納総額46億円。国保税の滞納は県から来る調整交付金4億円に影響。これがこないと大変困る。
 この滞納解消にやっきとなるのが収納課、徴収に夜討ち朝駆けをする。もともと払えない人に税を課すことが間違い。それに八戸市は気づいていない。生活困窮者なら生活保護申請をすればいい。役所はそれを待つと建前でいう。
 生活保護課長は八戸は弘前からくらべれば就業の機会が多いと言った。ところが平成十五年4月15日のデーリー東北には生きていけないの大文字が踊る。
 全日本建設交運一般労働組合(建交労)青森県本部がこのほどまとめた県内の失業者アンケートで、八戸公共職業安定所管内の半数が「生活することすら厳しい」と回答したほか、雇用保険未加入の割合が県平均の二倍に上るなど、より厳しい状況に置かれていることがわかった。同本部は「八戸のホームレス予備軍は相当数に上る」と指摘、関係機関に失業対策の充実を訴える。
 国保税も消費税と同じように収入があろうがなかろうが課せられる。ないからタダはない。ここに根源的問題がある。
 自営業者はスーパー出現で閉店が続出。最近はシャッター街が増加。国策の酒免許、米免許の撤廃が廃業、閉店に拍車。スーパーの献金がこれを生んだ。政治家なんてのは街が崩壊しようが、国民が困ろうがたいした問題にしない。代議士の報酬は減額にならない。政務調査費はどぶどぶと使う。国会議員は領収書の添付は必要ない。
 国民がこまろうと平気だが、この風潮は戦争に負けたころと似ている。大本営発表で戦況は勝利と叫ぶが、国民は負け戦を知っていた。挙句、困ったのは軍部、解体になり、それでも自衛隊で復帰。何とかなると為政者は思っているのだろう。だが、自民党の思うようになるのだろうか。
 八戸市役所の能天気(のうてんき・脳天気とも書く、物事を深く考えないさま)は、所詮、その課長職に長く留まらないと踏んでいるから。それで解決できるのか。
 平成十六年から国保税は22%上がった。収税率が低下すると調整金が来なくなる。だからとれる所から取る姿勢が、税率アップで市民はあっぷあっぷ。
 役所なんてのはこんなもんだ。何故? 役人は国民保険じゃない。職員共済で、市民とは別の保険に属している。だから、自分たちは鼻歌でヘラヘラ。市民の痛みは百年我慢が出来る。自分の痛みは三日も耐えられない。こんな人間に国保をゆだねていること自体が間違い。同じ土俵で相撲をとっていない。だから平気で四年間で22%の上昇を画策。こんな人間と共に天を仰ぎたくない。
 国保の収支を改善させるには違う手がある。それは調剤費(薬代)が年間二十億円出ている。八戸市議会でこれに気づいたのが公明党。これをしきりと質問。前沢議員に会って話を聞いた。理路整然としていて市議ではもったいない人物。県議に出てしかるべし。が、色々あるようであたら人材が埋もれている。
 さて、公明党はこの調剤費削減にジェネリック薬品(特許が切れて誰でも製造できる薬品)を使えと要求。二割が削減されるだろうとの意見。「はちのへ今昔」は三割と踏んでいる。これが切り札。積極的に医師会に働きかけろと要求した。これは行政にも市民にも有効。市民も薬代が軽減される。
 国保保険証が間もなく切り替わる。それに「私たち八戸市民はジェネリック薬品を使います」と明記しろと国保課長に伝達するも、なんのかんのと言い訳。現場の課長の頭が切り替わらなければ、一歩前進はない。
 ウチマル薬局に張り紙があった。ジェネリック薬品使用だ。すべての市民が要求するようになれば、少しは国保の収支も変化する。しかし、滞納は変わらない。変わる世の中、変わらぬ滞納は制度に欠陥がある。
 制度の見直しは八戸市役所を横断する眼が大事。収納課が動いても不在が八割。地域住民の悩みを知るのは民生委員、これらの人々から毎月、悩み事が報告される。それをまとめて県に送るのが八戸市役所の仕事。
 これに一歩踏み込み、民生委員の協力も得て、国保税滞納者の悩みを徹底追及し、制度改善の一助にするべき。民生委員の会合に国保課長も顔を出すという。健康福祉課も民生委員の大会に出て、役所が抱える税の滞納に尽力してもらえないかを訴えてみるそうだ。
 さらに、国保課長も滞納者の家庭を収納課員と共に訪問と、各々が動き出してはいる。しかし、解決の門前に立つだけだ。鍵を誰がさしこみ、誰が開けるのか、事態は容易ではない。そして、商工労政課が、市役所に来て欲しい、共に就職活動に汗を流すという手紙を出せ。税の督促状ばかりが市役所の手紙ではない。一人で悩まずに足を運んでくれれば、行政も知恵と汗を出す。これが血の通う姿勢ではないのか。市民は税を運ぶ蟻ではない。困難に直面したとき、一人で悩まずに来いという親身の言葉こそ、勇気を奮い立たせる。
 行政はこうした仕事を旨としろ。八戸市役所は肥大化して、自分たちのする仕事が見えなくなっている。腹がでかくなって、自分のチンチンが見えないようなもの。デブ症候群は不要だ。もっと組織を簡素化し、給料を削減し市民に還元することを学べ。
 明日は同様な組織がもつれて自分の手を踏んでいても気づかない話を掲載。

2008年8月21日木曜日

困民救済 八戸で医療費全額自己負担者の解消 4

医療費全額自己負担者538名は今502名となった。この人々の年齢別分類を国保課長に願った。それが盆明けに出た。課長が情報システム課を督励した労を謝したい。
 その分類結果は
20代 36
30代 90
40代 104
50代 178
60代 74
70代上20
    合計502
単身世帯411
二人世帯57
これが解明しなければならない条件。まるで数学の問題。
20代から50代までは労働できる世代。これが408ある。つまり8割の人々が就労できていないのだろう。
 生活保護課長は八戸は弘前とくらべれば、就労の機会は多いという。すると、これら408の人々に仕事を優先的に紹介して貰えないのかの疑問。
 八戸市産業振興部商工労政課がそれ。そこで二十日に東森課長を訪問。この人はしきりとテレビで頭を下げた。なんでもやらせ質問をしたとか、させたとか教育委員会で前任者のため頭を下げたのか、本人が意図して下げたのかは知らないが、教育長と共に下げたな、頭を。
 資格証受給者は気の毒なので、救済方法としてハローワークに市側としても優先的に仕事を紹介、斡旋してくれるように依頼は出来ないか
○ 出来ない。そんなことを市側として要望する必要はない。
収納課が一ヶ月該当者を訪問するが、八割と連絡がとれない。督促通知ではなく、商工労政課に訪れると、ハローワークに優先的に就職支援を願えるという手紙を出してくれ。
○ 個人情報にかかわることで、当課はそれを持たない。
国保課が情報システム課に依頼して、この一覧表(年代別表)が出た。国保課に聞いてくれれば情報は得られる。
○ そういうことは出来ない
部長を呼んでくれ
○ 担当課長の私が出来ないというので納得しないのか
出来ない、それはアンタの考えで間違っている。部長と代れ。部長はこれから市長と面会する。
帰るまでここで待つ。ここに(課長は)居なくていいから散れ。
そこで二十分ほど待機し部長と面談。
国保税滞納28億円、八戸市全体の滞納税額46億円、これの解消に動いている。資格証受給者の八割が労働できる世代。これは国の損失だ。就労支援を八戸市はとれないのか。僅かな金額(郵送代)で市が積極的に弱者を救済する方法があるはず。ハローワークと一体となり、対処できないか検討してくれ。
◎ 何か方策がないか、探してみるので時間を貸してくれ。
こうしたことばかりだ。待ってましたなどということはない。どこかに制度の間違いがあるか、担当課が認識していないのか、わずかなヒズミ、ゆがみを是正する努力をしてもらおう。彼らはどっぷりと漬かっていて、見えないのだ。見えさえすれば彼らには権限がある。存分な働きが出来る。
 我々市民は非を鳴らすだけでなく、こうすれば良くなるの案も同時に提示するべき。それが採択されるかが問題ではなく、こうした考えもあると披瀝すれば、それより良いか悪いかは別として、可能なことから改善するのが行政、それを更に市民が監視すればいい。
 だが、こうした仕事は議員のすべきことだ。が…。

2008年8月11日月曜日

困民救済 八戸で医療費全額自己負担者の解消 3

社会福祉協議会に出向いた。ここも何をしているかが不明なところ。根城の総合福祉会館、ここは貸し館をしている。ほとんど日中は留守の部屋が多い。これも中里市長時代の無用な置き土産。この維持のために巨額な税金を投入。その管理を社会福祉協議会が受けている。
資産はあるが生活手段が立たない人を救済すべく、長期生活保護をする制度を調べた。社協は県の社協から依頼され繋ぐだけ。現在三件を県に連絡。昨年12月に二件、そのうち1件はきまりそうだとの言。
今は8月、お盆が眼と鼻。盆暮れの言葉があるが、去年の暮れの事案がお盆に目鼻じゃ、死んだ人間もオガラの煙で戻ってあきれる。それでも何とか進行中。それにつけても、取り次げばいいというのじゃ困るナ。
さて、538人の資格証保持者が、単年度でいくら保険税が支払えないのか、それは1500万円。大体平均より少し下。
これらの税金が払えないだけで、保険の適用を受けられない。生きながら死んでいるような生活に追いやられる。それが、「はちのへ今昔」を衝き動かした。税が払えないから医療行為を受けられない。これは生きながら死ねを強要されたも等しい。
水道企業団のくだりでも述べたが、払えない人間はそれなりの理由と理屈がある。経済弱者を救済しろ。それが人の道だ。
さて、538人の救済案だ。行政が至らないと言うのは易い。だが、それで問題解決にはならない。役所が気づかない点があり、それにメスを入れ、改善改革を提案するところに、行政文書の開示請求の醍醐味がある。
役人は言われたことしかしない。問いただす側に理論と論理がないと、かゆい所まで行くが進まない。「はちのへ今昔」も同じだ。追求するが、あと一歩を踏み込めない。それは知恵がないからだ。どうして解明できなかったかを反省すると、ああ、あの点からもう一度掘り下げようと気づく。  
そして、新たな文書の開示だ。こうした努力なしには市役所に提案できない。したからと言って彼らはしない。しないのが仕事だから。
それを動かすには力がいる。俗に横車を押すというもので、無理を通す、横に車を押すので力が必要。市民にとって必要なものも、役人にとっては不必要、だから横車だ。
収納課長に断られたから、国保課で538人の年齢構成を調べる。このように、市役所の中は謎だらけだ。担当課に出向いても、一般市民だと何を、どのように訊いたらいいかが分からない。そしてタライ回しにされて、そのうち、もういいとなる。それが彼らの付け目だ。黒澤明の映画に、こうした場面があった。昭和27年の作品「生きる」がそれ。主演男優に志村喬、初老の渡邊勘治(市役所市民課長・志村喬)が自分が胃がんであることを知る。汚水が出てしょうがない、困っていると陳情に役所に来る主婦のなかに、今NHKの朝ドラマに月島の婆ァ役の菅井きんが出て、いい味出してるが、この婆ァは若いときから婆ァでいまだに婆ァと言う不思議な人物。これらが水が出て困る、なんとかしてくれと陳情。すると下水に行けとか建設に行けとかタライ回し。今の「はちのへ今昔」がそれ。
こんな映画の場面を思い出しながら廊下を歩いてニヤリだ。国保課に行くには渡り廊下を歩く、前にこの廊下を歩きながら、ある男が同僚の女職員に、「あの爺、まったく困るよなァ、あれだのこれだのと人を顎で使いやがって…」ここで、市長室から出てきた筆者とバタリ。
歌舞伎十八番「「天衣紛上野初花・くもいにまごううえののはつはな」俗に河内山、 思いのほかに帰りがけ、邪魔なところへ北村大膳で、来たと北村をかける言葉、そこでこの男が困った。なんでも今野とか紺野とか言ったような気がするなァ。壁に耳あり障子に目ありと教えた。まだ元気でチョロチョロしてるが会っても知らぬ顔の半兵衛(そしらぬふりをすること)を極め込む。大体役人はこの程度。ある部長が思いつめて自殺するかも知れないとまで言って助けろと願った男も、筆者と会って知らぬ顔。本当に、こんなの助けていいの? それでも助けたが助け甲斐がなかろう。それでも約定だから助けたが…
さて、538人の年齢構成だ。この点は担当課長から意見を聞く必要がある。国保課は資格証(全額自己負担)を郵便で送付しているので、これらの人は八戸市内にいるはずだと言う。収納課は行っても不在、するとこれらの人々は本当に八戸に居住しているのかの疑問があるが、国保課は住民台帳には記載されていると言う。
収納課が八割の人と連絡が取れない、およそ四百名はどのように生活しておられるのか。青森県の最低賃金は生活保護よりも低いというが、そんなたわけたことがあって良いのか。
 真剣に生きよう、生活しようと額に汗する者の給料が、生活保護より低いでは、勤労意欲など湧くはずもない。どこかが狂いを生じている。この歪みを是正しなければ日本人は働くことを放棄するだろう。その賃金でも喜んで働く不法就労者、つまり、東南アジアなどの密入国者たちが仕事に精を出すようになる。これで日本を保てるのだろうか。
 最近インドネシアから介護の人たち2000人が合法的に働きに来た。いよいよ、新日本人と原日本人という構図の実現に向けた一歩だ。日本人の子どもが少ない分、外国人を増やす政策が必要となる。これが新たな火種にもなる。NYやフランスがこの悩みを抱えた。人種のルツボ。これは合理的だが、犯罪の抑止は困難を極める。
 確実に日本は曲がり角を曲がった。

2008年8月8日金曜日

困民救済 八戸で医療費全額自己負担者の解消 2


8月7日、生活福祉課長、川村謙一氏から現状を訊いた。
「数字では八戸は弘前、青森より生活保護世帯は低い、しかし、青森は2級都市(東京・大阪は1級)、八戸、弘前は県庁がないので、3級に属します。八戸で支給額が9万だと、青森は10万円と都市によって、等級の差で支給額も異なります。そのため青森市の保護世帯が増えることになっています。弘前が多いのは八戸より仕事場が少ない。八戸の方はまだ仕事が多い」
「資格証者538名が若年層なら、職安(ハローワーク)で優先的に仕事を回してもらえないのか」
「資格証を貰う人は本当に若年層ですか、この点は収納課で把握していませんか」
「資格証の高年齢層なら、生活保護の対象になると思うが、これらが相談に来たら保護するか」
「勿論、相談に積極的に乗ります。それが私たちの仕事です。高齢で収入がなく、国保税が払えないかたに税を負担させる訳にはいきません。生活保護世帯になれば、これは保護世帯ですから、私どもの課で税は免除、医療には安心してかかれる制度に組み入れることになります。生活保護を受けることに、殊にお年よりは抵抗があるかも知れませんが、それが制度ですから国も八戸市もお手伝いをさせていただきます」
「高齢者で土地や畑を持つ人はどうなるのか」
「それも平成19年度から、要保護世帯向け長期生活支援資金制度が開始になりました。不動産が500万円以上あれば、それを担保に貸し付ける制度です。これは当課に相談していただき、要保護だと認めると社会福祉協議会を通じて国から出ます。限度額まで支給されても、死ぬまでそこに居住できるので是非相談してください、八戸は平成5年度は生活保護世帯は1230でしたが、平成19年度は2602と倍以上に増加しています」
「それでもまだ弘前、青森と比べると低い」
「弘前並みになるには2年、青森並みには10年以上かかるでしょうけど、保護しなければならない世帯は積極的に支援します。先ず窓口においでください。そして収納課のかたがたにも、滞納しておられるかたで要保護となれば、積極的に窓口相談をすすめていただきたい」
ここで判明したのは2点、1つは収納課で538人を積極的に回った結果、8割と会えないという事実。これらの人は日中動いているということだ、収納課は留守宅に支払い相談の紙を置いてくる。しかし、連絡がない。日中出歩いているのは仕事をしている、あるいは探しているので高齢者ではない。すると、収納課が年齢を知っている。これらの人に仕事がないなら、八戸市として、ハローワークに優先就職を願えないのか。
2は高齢者で土地持ちにも保護が出来る。しかし、これも申請が7件出ているが適応が0。社会福祉協議会がこれをするというので実情の聴取が必要。
「はちのへ今昔」は過去の事象の研究を得手とする。いちいち面談する必要がない。おおむね故人となられた人を取り上げるから。ところが、今を生きる人間は過去の栄光より現在が問題。そして現在だからこそ問題解決の場がある。ブログを開始し、今を焦点とすると、面倒な事情聴取が増える。しかし、大事だと重い腰を上げる。
「収納課長、生活保護課長と面談した。538人の中に若年層が何人いる?」
「当課では把握していません」
「すると誰が把握している」
「担当の国保課です」
「あなたの課には住所、氏名しか来ないのか」
「そういうわけではないのですが、(ここらから言葉が湿る)年齢で把握はしていません」
「若年層だから日中いないのでは?」
「ともかく私たちは税を納めていただくのが仕事で」
「それだけでは538人の困民は救えない、若年層なら仕事に就ける手段を講じる必要がある、それにはハローワークと連携しなければならないのだが、年齢までは収納課では把握してないんだな」
「それは国保課の仕事です」
八戸市役所でも切れ者の男でも、面倒な仕事は元に送る。たしかに収納課は滞納した税を集める課ではあるが、税の滞納46億円、国保税の滞納は29億円、これは払えない人たちが溜めたもの。消費税と同じで貧乏人も金持ちも均しく払う、こんな馬鹿な話はない。これは弱いものいじめだ。
医療を誰しもが受けられるのが原則。これが受けられない社会が悪い。誰が悪くした、自民党だ。こいつらに仕事を頼むから国会議員の給料だけが、景気後退の現今でも上がり続ける。馬鹿野郎と叫べ。人民は困民と化した。それを増加させたのは自民党だ。景気などすぐ良くなる策がある。それみ気づいても知らぬふりが役人。こいつらは税金泥棒と呼べ。石油備蓄は困民のためでなく、世界が協調して戦争のために使うだと、国民を救済せず、ありもしない戦争のために石油を溜め込んでいるのか。石油は腐らないだろうが、劣化するぞ。漁民のため、国民のために安く購入した備蓄石油を放出しろ。こんな知恵もないのか、そんな者のために困民の税金を使うな。返せ給料。

2008年8月7日木曜日

困民救済 医療費全額自己負担者の解消 1

国民皆保険が叫ばれたのは戦前、ところがこれは衆議院を審議未了で通過せず、日の目を見なかった。実現したのは昭和三十六年。
 この国民健康保険は税とする行政、料とするところと二つに分かれているが、どちらを取るかは行政に任かされている。八戸市は税を取っている。税の時効は5年、料は3年と異なる。ここに問題が生ずる。
 八戸市の場合は市民からの国保税は、総収入の32%で後は国と県からの補助等。この32%の税賦課を決めるのが国保年金課。市民の収入により税額を決定。
 この税を払えない人が538件ある。これらの人の前に、保険料が納入されないことを楯に、短期保険証を発給、これは三ヶ月間しか有効しない。税を納入するとまた伸びるが、払えなくなると、市は見放して、十割、つまり全額を自分で払えという資格証を出す。
 これを貰うと医者にかかっても全額負担となり、医者にかかりたくてもかかれない。これを目撃。ある医院で看護婦が婆ァに診療する前に金を出せという。婆ァは窓口で泣いた。
「腹が痛くてやっとここまで来た。診てほしい」
「お金を先払いしないと診ない。医は仁術じゃない」
「そんなこと言わないで診てくれ」
情けないことだ。言い知れない怒りを感じた。行政は市民の生命と財産を守るところだ。それが守れないは情けない。
 明治、大正、昭和の時代なら、こうした悩みもあったかもしれない。しかし、国民皆保険が叫ばれて47年。成熟する期間だ。しかしながら、この風潮はどうしたことだ。NHKでも同様な話が放映された。
 路上で昏倒した患者を救急車が搬送、病室で気づいた患者が点滴のチューブを引き抜いて逃走。三日後に路上で死亡。十割負担の人だった。病院での医療行為に支払いができないと逃走したのだ。金が払えずに命を払った。
 筆者も若い頃、結核で入院、医療費が払えず昼逃げをした。投薬は一切飲まず寝ていた。飲んだ患者は耳が聞こえなくなった。薬害だ。ストマイつんぼと呼ばれた。医者にかかっていても、こうした嘆きはある。
 医者にかかっていての嘆きの大きいのはフィブリノゲン製剤。これを投与されると肝炎を発症。1987年3月に三沢市の産婦人科医院で8人が集団感染した。十年後、三沢市の同医院が当時のフィブリノゲン製剤を保管していることで分析、これらの製剤は製造後15年経過したにも関わらず、いずれにも未だに活力を持った肝炎ウィルスが存在していた。
 この患者が八戸にもいる。八戸市議会、平成20年4月21日民生協議会記録から。投与件数は126件、実患者数は123人となっております。 次に、今回判明した21件の今後の対応ですが、基本的には3月の対応と同じで、投与患者には、住所等を確認後に検査、治療を受けていただくために使用した事実を文書で通知する。しかし投与患者の住所等が確認できない患者分については、市民病院ホームページに公開し、問い合わせに対応する。最後になりましたが、3月に報告した102人のその後の対応状況ですが、文書による通知ができたものが33名、所在調査中でとりあえず4月18日にホームページに公開したものが44名、死亡確認が25名となっております。
 このように医療機関にかかっていても危ない時代ではあるが、金がなくて保険制度が使えないは情けない。
 国保課が課税を決定し、短期保険証。資格証発行までは責任があるが、税を納入できなかった人は収納課に回される。この収納の文字が気になる。収は予定したものが入ってくる。納はおさめるで、予定したものを納めるという意味。予定した通りにならないから問題で、予定したとおりになれば悩みも困惑もない。
 そこで出たのは医院の窓口での嘆きだ。困惑者538人をどうやったら解消できるか。収納課ではこれら538人の徹底追跡調査を6月の一ヶ月間を費やして調査。その結果、8割と面会できなかった。残り2割は支払い方法などを相談中。うち一人は生活保護に回ったという。
 国保税も支払えない人は生活困窮者なのだろう。これらの人々が生活保護を受けることが肝要。八戸市内の生活保護世帯数は2644世帯、青森市は5204世帯、弘前市は2981世帯、人口比率でいうと、八戸を100とすると、青森市は158、弘前は150と八戸より生活保護世帯は圧倒的に多い。
 この数字から八戸市役所は意図的に生活保護を認めないようにしているのか。困民を苛めている。数字は嘘をつかない。これが意味するのは、職員の意図、あるいは怠慢だ。本来受給できるものをさせないのは、国民が受けるべき制度を生かしきれていない。