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2008年12月13日土曜日

八戸信用金庫事件 続3

つまり事件を闇から闇に葬ってしまうのだ。公になれば、同様に八信から痛い目にあった人々が立ち上がり、横暴を許さないことになるのだが、誰も自分が猫の首に鈴は付けたくない。
 八戸人の特性で、蔭に廻ってコソコソと言うが、表面に立って堂々と言う者はいない。だから、少しも八戸は良くならない。皆が廻りの人を眺めて、一歩踏み出すのを確認してからオタオタと歩く。いい子になろうとばかりしているのだ。
 いい子は親にとっては都合のいい子でしかない。聞き分けが良いのではない、睨まれたくないだけだ。
 真実は一つ、だが、事実はそれを見聞した人の数だけある。
 筆者にとって真実は一つ、それは、東北財務局に直訴することだ。
 だが、長寿の田中氏は当事者ではあるが、事実に酔ってしまった。更に、気がいいために自分から時効の四億四千万円も返すと言った。
 だが、時効の物は返す必要がない。殺人犯人でも十五年逃げきれば時効になる。まして、民事の事件だ、人殺しをした訳でも泥棒をした訳でもないのだ。
  『時効なんて話は一生に 一度ですヨ』と筆者は長寿の田中氏に言うのだが、
  『それはそうですが、勝田常務もああいうので……』
と、態度は軟化してしまった。
  『それに、八信がやらない時はお願いします』と言われ、これは駄目だと判断した。
 つまり、出し遅れの借金証文のようなもので、鉄は熱いうちに打てで、昨年の五月末に東北財務局に直訴すれば、八信側は何等の防備の策がない所に、東北財務局の査察が入り、事実が全て明るみに出るのだ。
 これを一週間、あるいは十日待てば、八信はそれなりの策を打ち、証拠は隠滅されるのは間違いない。
 つまり、撃ち破る瞬間はこの時をおいて外にないのだ。
 だが、常人にはその瞬間が見えない。
 筆者のように絶えず官憲と戦った者だけが持つ勘がその時を知らせる。年輩の方に違うと交通違反の裁判で警察を負かした小川さんですかと問われる。今から二十年以上も前の話だが、その通りで、速度違反をして裁判に持込み、検事を打ち負かして筆者は無罪になった。
当時のデーリー東北は三面記事で 『有罪か無罪か』と大見出しで書き上げた。当然、無罪になった訳だが、堂々の論陣を張った。簡易裁判所の場合は弁護士なしで、本人が検事と裁判官の前でやりあう。
 これも楽しかった。人生は男を磨く道場だ。退くは死ぬと同意語だ。官憲は法律を楯にしてくる。その法律の執行が間違っていれば、速度違反をしていても無罪になる。
 ここで、速度違反の話をする暇がないので先にすすめるが、法律は諸刃の剣で、相手にもこちらにも効く。十分に法律を読んで備えることだ。
 さて、第三者の筆者の立場がまずくなった。長寿の田中氏は行くなと言う。強硬手段が田中氏を助ける最大で有効な手段だと信じている筆者は、どうするかの判断に迷った。
 こんな時は、やめるに限るのだ。
 共同歩調をとっていた者の足並みが揃わぬ時は引くに限る。そこで、東北財務局に行くのはやめた。八信の言い分を認めた訳ではない。長寿の田中氏の言い分に従っただけだ。だが、いつでも、この原稿は書くつもりでいた。
 長寿の田中氏の頭を叩いていた手で、撫でただけなのだ。八信の非道な手口がなかった訳でも無くなった訳でもなんでもない。一時、台風が騒ぎ、それが過ぎ去っただけの認識しか八信は持っていないだろう。
 その後の八信の動きを静観していてつくづくそう思う。
 八信と弁護士、長寿の田中氏の間で、借金証文を書き換えた。八信の手口は筆者が予想していた通りだ。そして、八信は長寿の田中氏の競売申請を取り下げた。
 この時も筆者は憤慨した。と、言うのも、取下げにかかる費用を長寿の田中氏に支払わせたのだ。競売を勝手に申請したくせに、取下げに関わる費用を支払えは理不尽だ。こんな馬鹿な話が世の中に通るのかと筆者は慨嘆したが、気のいい長寿の田中氏はそれも呑んだ。
 そして、プレイピア白浜を売却するように、八信の総力を上げて努力するの話は全くの反故になった。
 最近、デーリー東北の『こだま』欄や八戸テレビに、プレイピア白浜には桜の樹が千本だか二千本あり、景観地だとか、野草の宝庫だ、紫陽花の名所だの話が載り、
この地を八戸の名所とすべく、市役所が買い上げて欲しいの話が載ったが、市役所は買わないと 『こだま』欄で明言した。
 だが、この地は貴重な場所だ。と言うのも、プレイピア白浜の地は駅を所有している。八久線が存続すればの話だが。駅のある土地は貴重で、この地を生かす方法はないかと筆者は墓地を造りたいという希望を持つ人にも話をしたが、結局、墓地にするには余りにも勿体ないとなった。
 八久線の利用者が増えないと、鉄道の存続は難しい。八戸には屋内スケート競技場がない。駅を利用し、このような建物が建てば、新幹線から乗り換えて、至極便利な物が出来るのではないだろうか。
 サッカー場や野球場を複合的に持つ場所に、プレイピア白浜の地が利用されれば、八戸市民のみならず近郷近在の人々の役に立つだろう。色々な議論がされ、この地が活用されることを望む。
 さて、それでは、何でこの古い話を今頃になって筆者が蒸し返したか。それは、八信には積年の恨みがある。そして、この事件をうやむやにしようと言う八信の態度に腹が立っているからだ。
 長寿の田中氏は約定どおり支払いを開始し、八信とは良好な関係になってはいる。だが、世の中は不景気で、その約定とおりに行くかどうかは、今後の展開次第だろう。
 五年だか、三年以内にプレイピア白浜を売却することが田中氏に課せられている。だが、この景気では動きがとれないだろう。
 八信が総力を挙げて売却に力を貸すと言いながら、何もせず、田中氏にだけ、それを押しつけている。最近は長寿の田中氏の所にも筆者は顔を出していないので、どうなったのかは全く知らない。
 良好な状態に立ち戻った田中氏は、筆者に八信事件を書かないで欲しいとの要請をした。が、筆者は田中氏にこう言った。
  『八信の理事長が書かないでくれというなら書かない。新幹線が間もなく来る、八戸を一つにまとめ、大きな旗振りが出来るのは、八信の理事長だと信じている。八信が市役所に真先に新幹線用の金を寄付することを期待している。その金が呼び水となり、八戸市民が金を拠出し、駅ビルを建てるのに役立てるのか、それとも、八戸新幹線で三社大祭を見にくるようにとの観光宣伝に使うのかは市役所が決めることだが、その口火を切ることを八信に期待している。そのため筆者も出来ることなら、この事件は書かないですませたい』
 そして、筆者は、その旨を総務部長に伝達した。
  『八戸市民は新幹線が来るのに燃えない。それは商工会議所に指導力が欠如しているからだ。その火付け役になることを八信に期待している。その為には、八信を叩く訳にはいかない。理事長の口から、書かないでくれと言うなら、書かない』と言ったが、総務部長は、その旨は伝達する。
だが、面会は何時になるか判らないと言う。
 筆者は九十日待った。八信は筆者が書かないとたかを括ったのだろう。九十日と言えば、太陽が東から西に九十回昇って沈んだ。九十日経つと人間の体質も変わる程の日数だ。
 筆者は全て九十日を区切りとしている。それで、今回の記事となった訳。
 最近になって知った話だが、八信は筆者が東北財務局に行くと宣言した時に、相当慌てたそうだ。そして、何とか借金証文を再び書かせようと総力を上げたとのことだ。
 あのまま、筆者に走られた時は負けだと痛感していたそうだ。
 筆者の読みの通りだった。
 が、過ぎ去った年月は二度と戻らない。長寿の田中氏の人が良いことが八信には幸いしたのだ。
 だが、根性の悪い筆者が控えていることを八信は忘れたのだろう。あるいは、絶対に筆者は書けないとでも踏んだのだろう。
 大企業病と言う言葉があり、食中毒事件を起こした雪印のように、八信も病んでいる。総務部長が筆者の言葉を理事長に伝えなかったかも知れない。が、そんなことはないだろう。もし、そうだとすれば、今回の記事で叱責は当然のことになる。サラリーマンはそんな危険なことはしない。だとすれば、川勝理事長の判断が狂ったのだ。丁度、雪印の社長のように。
 世の中は人が動かす。何もせずに、百まで生きても、ただ生きただけで、活き活き生きたことにはならない。筆者は畳の上では死ねないと覚悟している。暴力団に口の中にピストルを突っ込まれたこともある。が、死ぬのは一度だと思っているから、少しも恐ろしいとも、長生きしたいとも思わない。
 この記事が掲載されたことで、気のいい長寿の田中氏の不動産が、再び競売になるような事態が発生すれば、『八戸今昔』は廃刊した後でも、三日町の街角で、筆者はビラを撒いてでも市民に知らせる。それが、筆者の信条だ。
 筆者の眼の黒いうちは、理不尽な行為は誰にも許さない。
 筆者は新幹線が来るのに何もしない八戸人に飽き飽きし、八戸を去る覚悟だ。FMラジオは商工会議所にとられ、憤悳やるかたなく、八戸人に新幹線が来ることで観光都市として再出発せよと、警鐘を鳴らすために、この『八戸今昔』を発刊したが、何も出来ずに新幹線が来る。新幹線が来てからでも駅ビルを建ててどこが悪いの声も聞こえてきたが、来る前に建つから意味と意義がある。新幹線が来たからと言って駅ビルに入る業者が直ぐに利益を上げるとは考えにくい。まして、開業してからでは、誰が入るだろうか。
 FMラジオで毎日のように、新幹線が来たらを呼びかけ、市民こぞって金を拠出し、駅ビルを建てようと、構想を立てた。日々の呼びかけが出来るメディアを握るこ
とで、八戸が良くなると信じていた。
 筆者抜きで商工会議所の肝煎で出来たビーエフエムも、同様に市民への呼びかけの好機を逸した。残念なことだ。
 大事なのは先を読む眼だ。これのないのは金のない以上に恐ろしい。
 八戸市民よ、『八戸今昔』の読者よ、筆者もどれだけ元気でいられるか判らぬが、理不尽なことに憤慨した時は筆者を想起せよ、そして、筆者を呼べ。観音経は観世音と我が名を呼べ、そうすれば橋のない所には橋を掛け、路のない所には路を造ると教える。そこまでの力は筆者にはないが、それでも出来る限りの努力はする。直接
の折衝は弁護士がするが、筆者は何もない所から何かを必ず生み出す。誰も気づかないことに必ず気づく。時代は若者の為にある。その導きをするのが白髪頭の老人の仕事だ。筆者はその努力を死ぬまで惜しむ事はない。そして今、手元に集まった情報を分析し理不尽な八信の次なる事件を解明しようとしている。     続く

この文章は二千年の時のもの。八戸市内の本屋に並び、かなりの反響があった。八戸信金は預金者の解約があるかもと備えをしたそうだ。しかし、所詮タウン誌、大した影響もなかった。そこで幹部諸君は安堵したが、それは直ぐに青い顔に変わった。それは大蔵省に「はちのへ今昔」を送ったからだ。
 その結果任期を満了せず川勝理事長は退職となった。異例なことだった。川勝は「はちのへ今昔」に川負けにされた。世の中はこうしたもんだ。勝ったと思いうかうかしていると、こうしたザマに会うもんだ。
 2008年は佐々木泌尿器科の倅が藤川優里市議にちょっかいをかけて、それを「はちのへ今昔」に咎められ、逆上して名誉毀損の告訴、さらに民事で損害賠償を三百万円請求。
 それが気に入らないので「はちのへ今昔」が連日、告発ブタ野郎、佐々木聡を掲載。昔は月刊誌、月に一度しか意見を述べられない。が、時代が変わった。ブログというものが出来、放送局と同じレベルに伸し上がった。動画も音声も可能、そして連日OK。これは文明の進歩だ。
 八年前と少しも根性は変わっていない。死ぬまで理不尽と闘う。闘う白髪の爺、それが「はちのへ今昔」。

2008年12月12日金曜日

八戸信用金庫事件 続2

この一連の長寿温泉の事件を十分に睨んだ上で、どうにもならなくなった事態を解決するために、又も東北財務局に足を運ぶことを決意した。資料は直接本人から聴取していただくようにし、状況をまとめ、前号に掲載した記事を作成し、昨年の五月末に東北財務局に持ち込む手筈だった。
 筆者はいきなり、東北財務局には行かない。それは余りにも非道だからだ。前回、東北財務局に行った時は、事件の当事者であったから、当然、この件に関しては東北財務局に行くゾと宣言した。
 その事件とはって聞くの? それは、金銭消費貸借託に違約金の利子が記載されておらず、空欄を一方的に八信が書き人れたことによる。金銭消費貸信託は複写にして双方が持つのが普通だが、借主の欄は空白で、八信が後からそれを書き入れた。こんなのは八信に言わせると当然だそうだ。それで怒った訳だ。
 今件も、記事を書いて、それを八信の営業推進部長の高橋氏に持ち込んだ。こんな話があり、筆者はこの件を東北財務局に直訴し、八信の非道なやりかたを調査して貰うと宣言。
 当然、八信は慌てた。もう去年のことで大分忘却の彼方になったので、詳しい日付は忘れたが、金曜日に行ったので、当然、次の日は土曜で休みだ。それを撤回して役員会議が開かれた。そして、何とか筆者の足を止めようと決定し、日曜日に長寿の田中社長のもとに勝田太三郎常務理事と河原木支店長が飛び込んできた。
 そして、何とか月曜日に筆者が東北財務局に行くのをとめて欲しいと、土下座をせんぱかりに頼み込んだ。これも手口なのだ。
 警察の刑事が被疑者を脅す係と宥める係がいるように、弾圧、懐柔をこのんでとるのが金融屋の常套手段。後で判明したことだが、佐藤部長も八信の手引き書通りに、ことを運んだだけで、気の毒な存在だったのだ。
 企業は誰しも、その存続を守らなければならない。そのため、色々な駆け引きをするのは理解できる。だが、余り、走り過ぎると咎めが出る。その咎めが出そうな雰囲気になる時は、新任の部長が現場の指揮をとる時、新任の社長が新しい体制を確立するため、子飼いの部下を前面に立ててラッパを吹くと、相場は決まっている。今回はそのどれに当たったかは、読者諸兄の判断に委ねる。
 八信に東北財務局に洗いざらいブチあけて、八信のやりかたを是正してもらうと言っただけで、長寿を助けてやって欲しいなどとは一切言わない。そんなことは筆者に関係のないことなのだ。気の毒な借主がいて、それを非道なやり口でやりこめる態度が間違っていると言っている。
 職業上知りえた秘密を守らない。借りた金は返すという言葉を受け取らない。返済計画書を作文だと見ようともしないやり口が汚いと言っているのだ。
 長寿の社長が道わないと、何度も足を運び、ともかく筆者に、月曜日には東北財務局に行かないように伝えてくれと長寿の田中社長に懇願したのだ。
 そんなことは筆者に言えばいいのだが、筆者は当然、行く行かないは私が決めることで、あなたが決めることではありませんと言うだけだ。
 そのため、長寿の田中社長に泣きついたのだ。
 なんとか、意にそうようにしますから、東北財務局には行かないでくれと、土下座をせんばかりに頼みこまれ、長寿の田中社長は根負けし、ピアドウのイトーヨーカドーで八戸テレビの芸能番組「八戸の芸達者さんいらっしゃい」の収録で企画・司会をしている筆者に、勝田常務もここまで言っているので行かないで欲しいと相談があった。この番組は人気番組で出演者が続出。
 筆者は八信の手口を知っているので、そんな話には乗るナと突き放した。八信は裁判にかければ時効になった四億四千万円は取れると言っているが、それは八信の言い分で、財務局がどう判断するかは判らない。
 つまり、長寿の借金がどの分類になっているのか、完全にコゲついた分類に人っているのか、それとも、何とかなるとの分類にあるのか、それは、監督官庁を動かさないと判明しない。それに借主の言い分を少しも聞かない八信のやりくちを直訴し、同様に八信に苛められている多くの人々を救済するべきで、長寿だけの問題ではないと筆者が説得するが、長寿の田中さんの意に添うようにするので、行かないようにしてくれの言葉が頭にこびりついている田中氏は何とか頼むの一点張。
 ここが、難しい所だ。勝田常務話が信用できるのか、常務たる者が今までの経緯を知らない筈はない。本部から派遣されている佐藤部長は八信を代表して来ている。
その人間との交渉が決裂している状況を役員が知らない訳はない。
 ここで、長寿の田中氏が強硬な態度をとれば、次の策として、専務理事が出て来る。それでも通らない時はいよいよ理事長の出馬だ。ケンカの時は相手の大将との直談判が大事。
 常務理事や、専務理事の出馬の段階で矛を治めるならケンカなんぞしない方がいい。だが、長寿の田中氏は尻に火が付いている。つまり、競売をかけられてしまっているので、王手を宣言されているのだ。
 ここが,筆者の立場と大きく異なる。
 筆者の場合は八信からも青銀からも一銭の金も借りていない。だから冷静に物事が見える。筆者は青銀や八信に金は貸していても、借りはない。
 銀行に金を貸していると言うと、吹き出す人もいるだろうが、金融屋は預金とか積み金とかの言葉を使うが、それは、取りも直さず金を貸していることなのだ。金を貸して下さいと言いにくいので、定期預金にとか、満期がきたらなどとの耳障りのいい言葉を使うが、返済期限がきたのでお返しさせて頂きますと言うのが正しい。
 立場を変えてみると見えないものが見えてくるようになる。
 長寿の田中氏に勝田常務理事は文書で書いたのではない。あくまで口約束なのだ。具体的にどうするの言葉もなく、タダひたすらに東北財務局に行かないで欲しい、行かないように伝えて下さいと繰り返すだけだ。
 これは時間を稼いで、長寿の田中氏の返済の意思がある内に証書を書き直そうとの魂胆が見え見えなのだ。
 金融屋に恥じとか、外聞なんて単語はない。自分が助かるためなら何でもする。丁度、借金地獄に陥った者が助かりたくて、親でも子でも売るようなものだ。
 何故、そんなことを筆者が公言するかと言うと、分積み両建てという言葉がある。これは定期預金を押さえて、満期が来てもそれを貸金の担保として支払わないことを言う。これを大蔵省は厳重にダメだと宣言。そして、それを指導もする。
 これを筆者がやられた。東京に在住していた頃で、借金で首が廻らなかった時だ。銀行の支店長に、それは違法じゃありませんかと問うと、違法でも何でもいいから支払わないという。大蔵省に行きますヨと言うと、どうぞだ。
 そこで、当時の大蔵大臣の秘書をしていた大学の先輩に面会を要求すると、銀行局へ廻された。かくかくしかしかと言うと、○○銀行ですネ、了解しましたので、お帰りになって下さい。お帰りになった頃には解決しますと、課長は自信たっぷり。
 狐につままれたような気で、自分の会社に戻った所、当の支店長が満期の預金と利息を持って待っていた。
  『私どもの心得違いで、今、頭取が大蔵省に呼ばれてお吐りを受けております』
 これほど左様に世の中の仕組みはしっかりしている。
 役人に業者は頭が上がらない訳だ。
 下は交通違反のもみ消しから、上は許認可の事業まで、全ては役人が牛耳っている。だから、筆者が最後の最後はお代官様、将軍様への直訴があると言うのだ。
 筆者は男を五十六年やってきた。間もなく五十七になるが、その間一度も女になったことがない。当たり前だと笑うだろうが、男を下げたことがないのだ。
 自分に非があれば、これは謝る以外に方法はない。だが、頭を下げたことは数える程しかない。八信には恨みこそあれ、借りは一銭もない。
 筆者は強硬だ。そして、長寿の田中氏も東北財務局に行く以外に方法はないと信じたのだが、ここが借り手と第三者との違う点だ。
 今まで漓もひっかけないような態度の者たちが、手のひらを返したように低姿勢になったのを、気の毒だと思ったのだろう。そして、その言葉にすがり、何とか事態を丸く治めようとしたのだろう。
 筆者は、田中氏に言った。
  『行かないのも一つの方法ですが、時効の件はなくなりますヨ、つまり、借金は棒引きにならなくなります。次に八信が出て来るのは、美味しいことを言って、貴方に期待を持たせ、借金証文を書き直させます。そうなると、新規の借金となり、四億四千万円は支払う義務が発生します。それでもいいんですか、東北財務局の判断を待ってからでも遅くありませんか』
 気のいい長寿の田中氏は、
  『勝田常務もああ言っているし、行かないでいただけませんか』
  『彼らは助かりたい為に、貴方に嘘までついてでも、私の足を止めるだけなんですよ、彼らの判断と東北財務局の判断は違う筈だ。役人は役人の倫理観があり、八信に非があれば指導監督する責任があるのです。その判断をして貰ったらどうでしょう』       {
  『いや、勝田常務も河原木支店長も、プレイピア白浜の売却に八信の全力を傾けて努力するとも言うので、あの物件が処分できれば、我々は風呂屋だけで十分に経営の立て直しが出来る。だから何とかなりませんか、東北財務局に行くのを止めて欲しい』
 ここが難しい判断になる。
 八信が言うのは助かりたいための便法で、嘘に決まっているのだが、地獄を見て来た人間に突然現れた地蔵様のように、思えたのだろう。ケンカの仕方を知らない人は、往々にして、この懐柔策にだまされてしまうものだ。 続

2008年12月11日木曜日

八戸信用金庫事件 続1

2000年9月号
話題沸騰! 驚愕の八戸信用事件は本当のことかと電話殺到
「はちのへ今昔」は嘘は書かない。見聞したことだけを書くだけ
 前号は大反響。こんなことがあったのか、ハラハラ、ドキドキして読んだ、これが真実なら八信との取引をやめるなどの声も頂いた。八戸信金もだが、大体において金貸しは紳士面はしているが、本質的には町金融と等しい。今回の事件も、営業の平社員が散々に悪態をついたそうだ。
 しかしながら、金を借りている方は弱いので、何も言えない。それを知っててやるのだから根性が悪い。その男の名も知っているが、ここでは伏せる。
 アア、自分のことを言われているナと反省しろ。さもないと、次号に、その名を記すぞ。たかが集金人のくせに、ソファーに寝そべる、自分の裁量で競売申請が出来るなど、脅し以外の何物でもない。
 理事長がそれだもの、下の者は皆、推して知るべしだ。
 さて、この事件だが、弁護士は八戸信金の横暴な態度に群易し、どうにもならないと匙を投げた。こうなると、弱者救済の信念に燃える筆者は俄然張り切った。弱い者が最後に頼るのは監督官庁への直訴以外にない。これは江戸の昔から続く、お代宮様にお願い、あるいは将軍様への直訴で、これをすると、した者の命はないが、ある程度の効果は期待できる。現今は水戸黄門がいないので、この印籠が眼に入らぬかは、テレビの世界の絵空事だが、窮鼠猫を噛むのたとえで、真剣になれば必ず道が開けるように世の中は出来ている。
生きている間を真剣に生きずに、後で、ああすれば、こうしたらとレバとタラを言っても何の役にも立ちません。
 生きている間は苦しいことばかりで、死んだら楽になる。何にも考える必要がないからだ。その苦しさを身一杯に受けて、そこから一歩も退かずに、難敵にぶち当たって行くのが人間だけに許された根性なのだ。全て苦しむのは地球上にいる生物で人間だけ。ここが面白くて、何やら哀しい。金で苦しんでいる時は、この広い地球上で、こんな悩みに浮身をやつせるのは有難いと思うべきなのだが、実際に借金地獄に陥ると、自分の周囲の空気が稀薄になって来るのを感ずる。つまり、金魚鉢の中の金魚が、酸素不足で水面に口を出してパクパクしているような気になる。この辺りは、経験者じゃないと判らない、実に、えぐい世界の話だ。こうなると親も無ければ子も無いという、実に非情な心持ちになり、一時間でも長く助かりたいと、我が身のことばかり考える。
 人間だけにある金の世界で、非情になるは金のせいだ。金がこの世になければ、どれ程心安らかだろうかとも思うが、金を賭けずに競輪、競馬、パチンコ、マージャンをやっても楽しい筈もない。学問・確立の研究のために賭け事をするなら、それはそれで、金を賭けずにやるのも楽しいかも知れぬが、おおよそ凡人はそれでは満足できない。
 だが、子供の頃は、賭け事などしなくても、毎日が楽しかった。大人になると金の世界で呻吟する。これも妙だ。鐘に怨みは数々ござるの安珍・清姫じゃないが、誰でも金には怨みがあるが、こんな言葉もあるので苦しくなった時に、思い出すとどんなに辛くても、思わず笑えるゾ。
 それは、『世の中は金と女は仇なり、どうぞ仇に巡り合いたい』というので、実に妙で上手い。一般市民は金が足りなくなると銀行に走るが、相手も、もともと自分の金じゃないのを貸す訳で、相当に審査も必要となるが、自分の眼が利かずに貸金がコゲつく。こうなると、他人の金を集めて貸している責任上、これは必死になって回収に走る。これは図式上そうなるのだが、大体は担保を取っているので、これを競売して決済する。
 これが問題と怨みが生ずる原因となる。担保と言うのは普通は自分の居住する家・屋敷を抵当に入れるから、競売による居住権の侵害で、いきなりホームレスになるので銀行に対するつらみは大きい。
 これも、自分の座っている座布団を質に入れるのと等しく、大方予想がつくものだが、誰でも自分だけは大丈夫だと、相当な面の皮を持った奴が多く、平気の平三で担保に入れるので、そのツケが廻ってくる。自分にとっては命から三番目に大事な家も、金融屋に言わせれば、ボロ屋でどうしようもないとなる。これも、その通りの話でしかない。住めば都だが、住まない人間にとっては、冷静な判断でしかないのだ。
 さて、弁護士もお手上げになった案件は、監督官庁に泣きつくのが物事の解決の糸口だ。それには、言葉だけでなく、十分の資料を作成し、それを持参し、相手の非を言わなければならない。大体、役人にとってはやりたくもない仕事なのだ。直訴などされない信用金庫の運営が当たり前で、事件だの事故が発生すれば、面倒な仕事が増えるだけだ。
 そんな役人根性の持主を説得し、重い腰を上げてもらうには十分な資料が必要となる。ケンカの仕方という本が三一書房から発行されたことがある。ケンカなんぞしないにこしたことはないが、いざとなれば、勝つ以外に方法はない。負けて元々なんぞの根性でケンカをしかければ、ロクな結果にはならない。八戸の酒蔵でそんなことをしかけた人もいたが、芳しくない結果しか待っていない。
 直訴する際に必要なものは、貸金の存在を示す資料、その返済がどうなっているかの証拠の外、暴言を吐いた証拠の録音テープなども重要だ。筆者は二十年も前だが、八戸信金の件で青森市にある東北財務局に行ったことがある。つまり、八戸信金としては、筆者は目の上のタンコブの存在。

2008年12月4日木曜日

八戸信金事件貸金四億四千万時効?5


川勝理事長は職業上知りえた秘密を守る義務はないのか?
理事長の頭には一括競売が既にあったのだ。職業上知りえた秘密を守る義務はないのか。この市議以外にも複数の市議がこの話を方々で耳にしている。つまり川勝理事長は至る所でこの問題を話して歩いているのだ。自分がされたら嫌な気持ちになるだろう。世間知らずと笑うかも知れぬが、必死になると走るのが若者の特性。この田中氏の三女夫婦が川勝氏の自宅を訪ねて、競売の中止を懇願したそうだ。『そんな都合のいい話には乗れない』とにべもなかったそうだ。それは当然だ、理事長たる者が私情に動かされていては商売にならない。しかし、それは良しとしても、方々で競売申請をする前に一括競売にするの発言は非常識極まりない。これが弁護士や医師なら資格はく奪は間違いない。守秘義務があるからだ。世の中余計なことを言うのは筆者一人で沢山だ。憎まれ役を買って出ているのも八戸を良くしたい、来るべき新幹線に市民が備えて欲しいために必死になってやっているのだ。
筆者は老人の部類に人った。世の中は若者のためにあると、疲れた身体にムチ打ちながら頑張っている。誰でも認められたいと願っている。若者の行動は短絡で直情だが、それだから尊いのだ。
 出来ないことは出来ない。それは当然だが、経営が浮上し返済計画が建ったものを殺すは非道だ。
八戸は今不景気の波を感り太平洋金属を始めとして二千人以上が解雇される。その家族を含めると一万人程にもなるだろうか。そんな中でも寝ずに働く若者がいる。
自分たちの生活を守り、汗と脂にまみれて働こうという勤労意欲に燃える若人をつぶすのが八戸信用金庫の仕事なのか。
 判らない、何度考えても判らない。こんな理不尽なことが通れば世の中は闇だ。
 何のための金融機関だ、何のための財務局だ。何のための大蔵省なのだ。納税は国民の義務。しかし、勤労意欲のある者の芽をむしるな。せっかく、芽が出て、返済計画も建った人々の汗と脂を無駄にするなら、法治国家の名がすたる。考えろ、自分自身が何のために生をこの世に受けたのだ。人々を苦しめるためにか、それとも人々のお役に立つためにか。人間に生まれたことを恥じろ。人間の皮はかぶっているが犬畜生にも劣るぞ。
人間ってのは、人間ってのは人の苦労を知る者が人間なのだ。人の苦労は百年ガマンできるが、自分の苦労は一日でも嫌だじゃ、人間やめろ。人間廃業だ。人間失格だゾ。
青森県が生んだ偉人、魂の叫びの出来た太宰治の名は今でも人口に膾炙(かいしゃ・広く世人に好まれ、話題に上って知れわたること)される。人々の苦悩を我が一身に受け、その苦衷の中で心中という恥ずかしい死に方を選んだ。
我が身こそ最低なり、人々は我を踏み越えて生きよと叫んだのだ。イエス・キリストは盗人と共に処刑された。盗人と同じ死に方の中でこそ、我が身が最低で、それを乗り越えて強く生きよと教えたそのままだ。
 我々凡人は大宰のように強く、そしてハレンチに死ぬことは出来ない。我が身が可愛くて仕方のないだらしない人間なのだ。弱い人間なのだ。しかし、なろうことなら、大宰になりたいものだ。人々の苦衷を知り、そしてそれを乗り越えて生きよと、口ごもりながらも言いたいものだ。
 それ程偉大じゃなくとも、人の苦痛を知る人間になるべきだ。川勝理事長にはその人々の苦痛、庶民の辛さが判らないのだろう。だから、前森理事長は立派だったが、今の理事長はと言われるのだろう。
今は平成大不況の真っ只中だ。それでも太陽の出ない夜はないのだ。必ず、苦しい中から夜明けが生まれる。田中氏一族はその夜明けをやっと迎えた。それを踏みにじるな。心あらば肋けてやって欲しいものだ。
 田中長次郎氏は昭和八年生まれ。昭和三十六年に長者湯を月岡町に庶民の憩いの場の銭湯を開業したが、昭和四十年には大杉平に長寿の湯を移転開業、昭和五十五年に下長に長寿温泉を開業。白浜のプレイビアは昭和五十九年に開業し、ここで遊園地を造った。開業当初の三年程は利潤を上げたが、絶えず遊具を新設しなければならず次第に下降線を辿る。年間四億円も売上があったそうだ。遊具を設備する時に借金が出来た。五年後には遊具を買い取る条件で遊具メーカーと交渉。遊具を買い取る時には八戸信用金庫は融資をすると約束していたが、いざの時に駄目と断り、それから転落の道。新八温泉も十六億かかったが一年たらずで手放した。これは、岩手県北バスが購入し今はドル箱。売却価格が十四億で二億円の損と弱り目に崇り目。それもこれも八戸信用金庫が約束を守ってくれなかったからと出るのは愚痴。
 マア、それはよしとしても、折角返済が出来るようになった人を
見殺しにする八戸信用金庫は憎まれても仕方がない。憎まれるようにならないと優秀な金貸しにはなれないとの格言もあるので、何をか言わんやでもあるが、それにしてもチョット間違ってやしませんか? 八戸信用金庫さん。
 更に追い打ちとなったのは根抵当を付けていた二番、三番の債権者の動きだ。普通は一番の債権者の動きを無視して二番、三番が強制執行をすることはないが、八戸
信用金庫の優柔不断の姿勢に業を煮やし、日本信販は田中氏等の預金を押さえにかかった。八戸信用金庫は競売をすると踏んだのだ。普通は金利減免で企業を存続させ貸金の回収に力を注ぐが八戸信用金庫だけはそうはしないようだ。今までの倒産例をみても競売で決着をつけるのが最善の方法とみている。競売だけが処理の方法ではない。人を生かし、伸ばし、そして我も伸びるが自由経済の原則だ。
星弁護士が『このご時世で競売をしても元本を割る程度の金額しか八戸信用金庫さんは手に出来ないのじゃありませんか』と言うと佐藤前管理部長は『そんなことはいい。監督官庁に競売して損が出たと説明すればいい、そんなことは余計なお世話だ』と開き直ったそうだ。ここに八戸信用金庫の根源的な誤りがある。第一番の抵当をつけた者は、他に先んじて競売の配当を取れる。二番、三番はそれが出来ない。不動産は競売にかかっているが動産は未処理で、これに競売をかけてくる。良識ある金融機関は一番の権利を執行するため、二番、三番には再建計画を打ち出すので待って欲しいと言うのだが、星弁護士が二番、三番の債権者に八戸信用金庫と交渉中だと言っても、八信さんは競売を必ずします。話に乗らず、話に乗るふりをして時間だけを稼いでいるんですヨと言ったそうだ。まさに、この考えを持たれると横っ腹から水が洩れだしたようなもので、交渉がまとまるどころか状況は悪化。
競売にかけようと思っている不動産も動産を先に競売されれば風呂屋の機能はマヒする。風呂の釜や蛇口などは競売出来ない筈はない。それでも競売で予定額の金員を確保できると思う八戸信用金庫の神経は病んでいる。何故この再建案に乗らず、競売で貸金に満たぬ額を手にいれようと頑張るのか判らないと気鋭の星弁護士も首をひねる。八信は全国的レベルからみると理解に苦しむ態度をとり、借主も苦しみ、預金者もみすみす損をするような手段方法しか選べない八戸信金の首脳陣は総退陣するべきだ。前号でスッパ抜いた階上町長疑惑に継ぎ、この八信特集は更に続く。庶民の怒りの代弁者『八戸今昔』に乞うご期待。困り事は昔四五・三三四四まで。

2008年12月3日水曜日

 八戸信金事件貸金四億四千万時効?4

八戸信金は庶民の味方
余りのことに星弁護士も、『これでは話にもなりませんので、調停を裁判所に中人れます』と言うと、『しろともするなとも言う立場にない、我々は高金利をいただかなければ競売の方がいいんです。その方が監督官庁にも言い訳ができる』
 言い訳を優先し、必至に風呂屋で頑張る人間を見殺しにするのか。競売になれば、田中一族は路頭に迷うのだ。誰が夜の十二時まで必至になって汗を流して働きたい奴がいる。一人だって居る筈もない。筆者の言を信じて保健所ともかけあった行為を踏みにじるものだ。
大杉平の風呂屋も十二時まで営業している。六十五歳の親爺とその妻も六十過ぎ、その娘夫婦も懸命になって働いている。けなげな姿に目頭が無くなる程。誰だって、自分の家屋敷が売られるのは嫌なものだ。座っている座布団を質に入れるな、が世の鉄則。一寸間違うと日頃ニコニコしている金融屋の裏面を見ることになる。
 それにしても、佐藤氏は人非人だ。言動を左右にして、勝田常務理事に謝罪させたのは何の意味があったのか。積めと言ったのはその時だけの気分なの? そんな人と交渉してたら時間が幾らあっても不足するだけだ。
 これが八戸信用金庫の本当の姿ならば、金を借りている人は心しなければならない。いつなんどき、貴方の商売の経営が行き詰まらないとも限らない。そんな時に返済計画案を無視し嘘までつく人と交渉しなければならない。安心して日夜業務にいそしむことができないゾ。
 又、こんな貸方をする八戸信用金庫に預金をしていて大丈夫なのか。大手の八戸信用金庫だとアグラをかいていないのか。二十五万市民の懐を預かる大事な仕事を忘れているのではないか。筆者はこの問題を見過ごせない。星弁護士は調停の準備をすすめているが、筆者はこのような貸手の実状を監督官庁である財務局に言いに行く。財務局で判らないなら大蔵大臣に面会に行く。県議の清水悦郎氏は衆議院議員で厚生大臣、郵政大臣の秘書をしていたことがあり、小泉元大臣とは清水県議を通じて筆者は旧知の仲。大蔵大臣とは簡単に面会が出来る。国政の問題でもあるのだ。看過し八戸信用金庫の杜撰な経営責任を容認していた財務局の責任は重大。四債四千万円が八戸信用金庫も認めているように不存在だが、それでも債務者は払うと言っているのだ。それを自分の責任を棚に上げて、債務者の生活基盤を奪おうは信じられない。
 筆者は小泉元大臣と友人関係
人殺しをした、銭・金を盗んだ、放火をしたなどの刑法犯なら弁解の余地もないが、時効がきた借金も返済する。新しい計画案を呑んでもらえさえすれば、元金と八戸信用金庫にとっては不足ではあろうが金利も支払う。プレイピア白浜は五年内に売却し、大きく借入金額を減らすという案を何で呑めないのだろう。白浜は三万二千坪もあり、種差海岸に連なる景勝地だ。今買いたいという人も筆者のもとに相談に来られている。必ず買うとの段階までは至らぬが、材料としてはあるのだ。捨てる神あれば拾う神の警えの通りだ。それを庶民金融の八戸の雄、八戸信用金庫がしないは出来ないのとちがうのだ。我が意思で長寿温泉・プレイピア白浜の田中氏を殺そうとしているのだ。
 田中氏にも生きる権利があり、生活するべき手だてもあるのだ。深夜までの営業が功を奏して着々と利益を上げている。その数字も一つも隠さずに提示しているにも関わらず何故出来ない。
これは理事長の川勝氏に問題がある。
 昨年の五月頃、観光協会の総会があった際に、ある市議が川勝氏にプレイピア白浜の土地は自然の野草も生え、桜の並木は三戸城の公園よりも素晴らしいので何とか鮫の観光協会では欲しい物件だと言った時、それなら観光協会が買って欲しい。駄目なら白浜のみならず、風呂屋の方までも一括で競売にすると言明。生活基盤を失うのは大変だと、この市議は必至に中里市長に観光協会・自然保護団体などと共に陳情。が、予算がないと断られた。その足で、川勝理事長に駄目だったと説明に行ったら、即、競売申請になった。

2008年12月1日月曜日

八戸信金事件貸金四億四千万時効?3


ここでも明記されているのは債務が時効になり、存在しない、つまり返済しなくていいんだゾという主張を無しにして欲しいと言っている。不存在を認めれば返済計画案には乗ると言っているのだが、今回、筆者が暴露するに至ったということは、このガンコな前・管理部長の佐藤氏が全てをブチ壊したのだ。長寿温泉・プレイピア白浜の田中氏は不存在でなく、四億四千万円は認めて払うので平成十年の十月にかけられた競売は外して欲しいと嘆願している。
 星弁護士も不存在のことは問わず、借金は全額返済すると交渉。八戸信用金庫が競売の手続きを進めたように、長寿温泉・プレイピア白浜の田中氏は、現状では払いたくなくて払わないのではなく、払えない状態なので金利は減免して欲しいと懇請するが、金利を金く無しには出来ないと主張。大体、今件のような場合は相撲で言う死に体で、金利や違約金をとれば、なんとか息をしている病人に水をかける、首くくりの人間の足を引っ張る行為にも似て、人間ならばしてはならない行為だ。
 それでも星弁護士は公定歩合程度の金利は支払うと言うが、それも駄目、年八パーセントを払えと言ったのか三パーセントを払えと言ったのかは定かじゃないが、現今の支払い利息をみてヨ、一パーセンと夢のまた夢だ。病人や首くくりからむしりとった銭は何処の誰の懐に入るの? 預金者を踏みつけて、銀行員の懐かい? あんまりじゃないの。どうなってんの、この国は? ドレミファ・ドレミファ・ドレミファ・ドーナツて子供たちの歌じゃないがどうなってんのヨ。世の中間違ってるゾー。筆者は怒っている。何、お前のは怒るのが趣味? ハイ、その通りデ。
 それにつけてもオヤツはカールじゃない、八戸信用金庫はどうなってるの? この管理部長の佐藤氏だけが突っ張っている。貸金の金利を取らないと監督官庁から指導がきて、理事長の首が飛ぶと言ったが、その前に貴方の首を心配した方がいいのではないか。と、言うのも、この蛭子支店長の文書にあるように、時効による不存在を言わないなら交渉の席につくと言明しながら五月二十日に決裂したのは全て、自分に権限がないにも関わらずしゃしゃり出て、現管理部長の口をふさぎ、我のみ偉いとばかり理事長の首を心配する発言をしながら、気の毒で債務の支払いも滞った田中氏に嘘までついたのは何故なのだ。
不存在を言い出した詫びを勝田太三郎常務理事にいれろ、現金二百五十万円を毎月誠意として積めとせめよる
今年の一月に前・管理部長の佐藤氏は不存在などけしからん事を言いだしたのはお前(田中氏)がやったのか、弁護士がやったのか、詫びを勝田太三郎常務理事に入れろと河原木支店を通じ田中氏にせめよった。仕方ないので、田中氏は一人で本部に出かけた。佐藤氏・勝田氏と田中氏の三人の席上で
『田中さんエイ、あんた、競売を取り下げて欲しければ、毎月二百五十万返済できると計画を書いているのだから、その金を積んでみせたらどうだ、そしたら何カ月かその誠意を見て取り下げるから』
と切り出したそうだ。
 筆者が田中氏から相談を受けたのが、十月二十日だった。(平成十年の十月)筆者は早速試算表をみて熟考し、先ず、返済の原資を稼ぎだすことから着手。長寿温泉の売上、その他に長寿の湯という大杉平にある風呂を所有していることから、保健所と交渉、この営業時間の延長から開始。そして、一日湯治を考え、一日一杯風呂に入りのんびりしていただき、一食付いて千円、さらに寄席も開いて笑ってもらおうと、ヘルスセンター構想を打ち出し、それの推進役をかつて出た。筆者は落語家なみの喋りが出来る。講釈師が入門してくると、それの指導をしていたこともある。ヒゲでお馴染みの田辺一顧の門下生がそれ。十二月からそれを立ち上げた所、深夜十二時までの営業は市内何処の風呂屋もやっていないため、調理師や残業の人々から支持を得て、売上は順調に推移。田中氏が呼ばれた一月はまだ数字がハッキリしておらず、佐藤管理部長からの発言に応とは言えずに悔しい思いをしながら八戸信用金庫の本部を辞去。
 現在は毎月三万人程の人々に利用していただき、返済原資は確保できた。しかしながら、管理部長が言を左右にして交渉に乗らない。
 やれ資料が不足だ、本当に出来るのか、こんな嘘は聞き飽きたと幾らまともに交渉してもラチがあかない。四月になり、管理部長が異動となり、新任の工藤部長となったが、今件は佐藤が処理しろと言われているとしゃしゃり出てきている。
 ようよう経営も安定し支払い原資も確保できたため、佐藤氏の言うように二百五十万円を五月二十日に持参したところ、『受け取る訳にはいかない』と脆弁。あれは嘘だったのかと畳み込めばよかったのだが、気のいい田中氏は言わずに帰ってきた。席上、経営内容を説明する役の小田税理士は見るにみかねて、『ならば星弁護士の預金口座を作り、そこに入れるのは?』と口を添えるが佐藤氏は明後日の方を見たなり。まるで、市役所の道路課長のような人だ。あの課長も嫌な奴だったが、世の中何処にでも、このたぐいの人物がいるようだ。昔の八戸信用金庫にはこんな手合いは居なかった。何処でどう間違ったのか、現在の理事長の川勝氏になってから評判が悪い。
 首の皮一枚でブラ下がっているような人間、首に縄がかかっているような人間を蹴倒すのか?
 それが金融機関の仕事か。
 確かに巨額な借入をし、それが計画通りに弁済できないは悪い。だが、バブル崩壊以降何処でもこんな案件はあるのだ。
 佐藤氏もサラリーマン、その職場を失うのは死ねということと等しいだろう。この田中氏も返済計画通りにはいかなかったが、新しい計画案ならば返済は可能なのだ。
小田税理士も十二月から四月末までの数字を見て、十分にこれなら返済できると明言し、その返済計画書を何度も何度も作成し、信用金庫に持参しているが、八戸信用金庫に持参しているがいつも突き返されている。あれが足りない、これが不足だと言うばかりで見ようともしないのだ。最初から競売ありきだ。競売をしても、現今の不動産価格では元金を割る状態になるのは間違いない。
 それなら長くかかっても、元金を回収するのが筋。星弁護士はそれが金融機関の本来の姿ではないかと力説するが、佐藤氏は、高金利をむしり取り、自分の手柄にしようと目論んでいるのか、話し合いは全て、高金利ありきで一歩も譲ろうとしない。そして、田中氏に強要した二百五十万を毎月積めとの自分の吐いた言葉をも否定し、その金を受理しない。

2008年11月30日日曜日

八戸信金事件貸金四億四千万時効?2

今件の八戸信用金庫の時効事件については、長期の証書貸付で発生。頭の巡りの良い読者なら、前に掲載した内容証明の文書から、不払いを起こしたのは長寿温泉・プレイピア白浜の経営者田中長次郎氏とその妻ツエさんであることを知っているだろう。内容証明の文書からは六億七千万円と借入金額が明記されているが、本当はこの外にもあり、八戸信用金庫からの借入総額は六億八千五百万円の巨額。そのうちの四億四千万円が時効にかかってしまった。
 もっとも八戸信用金庫の言い分では、裁判をすれば勝てると言うのだが、自分たちが適法に措置をしていれば、裁判の席上で争うこともない。それをしていないため 筆者はこの事件を昨年(一九九九年)に知人から処理して欲しいと依頼を受けてからずっと見守り続けている。六月号の大特集の階上町長の疑惑も、地元新聞の東奥日報もデーリー東北も深く突っ込んでは書かなかった。新聞はニユース性を重んじるため紙幅に制限があり、事実関係を知っても深く突っ込んでは書けない。しかしながら月刊誌の良い点は締切り時間が十分にあるため、面白いとなると徹底した時間を割いて調査に調査を重ねる。そこに新聞と月刊誌の違いがある。
 今回の事件も書きたいナと筆がムズムズするのを押さえに押さえていた。しかしながら八戸信用金庫と田中氏が決裂をみないうちに書く訳にはいかず、口惜しい思いで半年我慢。とうとう五月二十日に決裂したため、一気にここで真相を暴露。この問題は監督官庁に持っていけば必ず指導が入り、馬鹿なことをしでかした八戸信用金庫に咎めは必至。万人の金を預かる番人の八戸信用金庫がヘマをやらかしている。それも五年以上も放置し時効を迎えたのを知らなかった大蔵省の責任も大きい。あるいは八戸信用金庫が隠しに隠していたのかも知れぬ。しかし隠しに隠していたとしても、監督官庁の指導・監督が至らなかったのは間違いない。庶民の金を預かるのは法律で決められた所しか出来ない。許可・認可の権限は大蔵省が握っている。バブルが弾けて多くの金融機関がメタメタ。その中でも八戸信用金庫はバブルの影響を受けていない健全経営の信用金庫だと言われてきた。しかしながら、このていたらくだ。我々の金は本当に安全に管理・運営されているのだろうか。疑問・心配・不安になるのは筆者だけではないだろう。お年寄りの年金受給、虎の子のへそくりなどを安心して預けられるの? 市内最大の金融機関だが、前森理事長が辞めてからおかしくなったとの声をよく聞く。前森さんは立派な人だった。筆者も知っている。しかしながら現今の理事たちは一寸ならず変だ。
大体筆者は八戸信用金庫には恨みつらみがある。今まで言わなかっただけのこと。今回の時効事件の時も、東京の星弁護士が借り入れた金額の返済計画案を作成している際に発見したもの。
この星弁護士は早稲田大学法学部を卒業し司法試験に合格した新進気鋭の若者。この人が中学生の時、筆者が家庭教師をしていたことがある。新宿から京王線が出ているが笹塚の駅の近くで豆腐屋を両親が経営。その長女を教えたのがきっかけで、この青年も教えたことがあり、筆者の顧問弁護士でもある。誠実な人柄で筆者とは正反対。温厚な紳士を絵にかいたような人。ところが交渉相手の八戸信用金庫の前・管理部長の佐藤一雄氏が一級品の頑迷固陋。
 交渉の過程で何を血迷ったか、『オイ、星さんョ、あんた本当に弁護士なの』の発言をやらかした。
弁護士を騙ったのなら言われても仕方がないが、当事者では交渉がつきかねる難問に弁護士が登場するは当然のこと。まして、星弁護士は今回とは逆の立場で銀行を守る仕事を数多く担当している新進気鋭なれども金融事件ではベテラン中のベテラン。銀行の動きは知悉している。大体借金が払えなくなった事案はバブル崩営以後、山とあり五万と存在。銀行は貸金はまけないが金利はゼロか限りなくゼロにして不良貸付はなるべく出さず、元金だけは必ず手中に収めるのが鉄則。八戸はバブルの影響を良くも悪しくも受けなかったとは言うものの、現今の不動産価格は上昇するどころか下落しているのは間違いない。
 星弁護士は温厚な性格のため、前・管理部長の佐藤氏の話にも激怒することはなかったが、八戸はなかなか凄い所ですネと苦笑。
時効の件を撤回しなければ交渉の席には付かないと声高に叫ぶ。時効にならないように管理していればよかったのだが、自分がしでかしたことを大声で叫び、それを撤回しろ、裁判すれば必ず勝てるは金融機関の言うべきことではない。さらにこの時効事件が、八戸信用金庫の言うように時効でないとするならば、ただ笑って、『そんな馬鹿なことは言わないで下さい、我々はこのように新たな証書で時効は防いでいますヨ』と提示すればいい。何も力んで大声を上げる、あるいは弁護士を誹謗するような言葉は紳士なら吐かないものですゾ。
 大声で叫ぶ、あるいは怒鳴る、桐喝するは手口として容認の範囲であるが、文書をもって、それを撤回しなければ交渉しないと郵送するに至っては、何を血迷った のだろうと疑問に思う程だ。
 『お岩、迷うたな』は伊右衛門の言葉だ。自分がしでかした残虐非道な行いを恥じる部分があるから、お岩さんが迷って出たように錯覚するのだ。見えないものに対する恐怖が行動に走らせる。
 次のページの文書は八戸信用金庫河原木支店長の蛭子勝美氏が弁護士宛に出したもの。この人も温厚な紳士だ。しかしながら回収不能となった貸金の処理はすべからく本部が握っている。つまり前述した前・管理部長の佐藤氏だ。今の管理部長は工藤信行氏が就任しているが、この件に関しては担当理事から佐藤が担当するようにと言われているとは佐藤氏本人の弁。

2008年11月29日土曜日

八戸信金事件貸金四億四千万時効?1



200年8月号から
 世の中に金融機関は多けれど、八戸最大の金融機関八戸信用金庫はどうもまともじゃない。これが正しいなら八戸は間違いだらけ。
 金貸しが土地を担保にとってバブルで弾け、困った挙げ句に国に泣きついて、庶民の金利が限りなくゼロに近づいたのは周知の事実。
それに便乗し、健全経営の中小零細金融機関も追随。しかし、驚嘆するのは銀行員の給料の高さ、昨年の長者番付が発表されたが、国に泣きついた悪徳銀行の頭取等の報酬の高さには唖然。信じられる? 自分たちがしでかした事を棚に上げて、給料ばかりを貪るのは許せるのか。明治時代のように、庶民に気骨があった頃なら暴動がおきて当たり前。
 我々が歴史で学ぶ帝国憲法の草案者、わが国初代総理大臣、伊藤博文は立派な人だとの印象があるが、当時の人々にはそうは写らない。あんな助平の爺の銅像を建て
るなと、その銅像にフンドシを巻き付けて市内を引回して川原に捨てたそうだ。根性があるゾ。
 八戸信金の理事長が幾ら給料を貰っているかは知らぬが、安い額じゃない筈。その給料は何処から出る? それは我々庶民の金を借りたい人に貸付、その利ざやで運営しているのだ。つまり、我々庶民の金が適法に運用されるが大前提。しかしながら、本当にそうなのだろうか。筆者のもとに平成十年十月二十日に相談が持ち込まれた。それは八戸信金から担保に人れた土地・家屋が競売されて困ったとの厄介なもの。困った人、弱い人を見ると助けたくなるのが筆者の根性。俄然張り切る。今までもお婆さんからビルが建ってテレビが見えなくなったが、NHKに言っても何もしてくれないので何とかして欲しいという気の毒な話も、そのビルの屋上に共同アンテナを建ててもらい解決、東北電力が焼け出されたお婆さんから、家もないのに毎月定額の電気料を取られていたのを返却させるなど、弱者救済を趣味にしている。今回の事件は不思議な点が多く、商売が左前になりつつある人には、どのような手順で金融機関が貸金の取立をしてくるかを勉強してみる。
先ず、四億四千万円が時効にかかったという点から見てみよう。
借りた金が時効になれば当然支払い義務はない、そんな愉快な話があるのだろうか。ある!
 金融機関の借金払わないで済む魔法の法律時効とは
時効とは何か。人殺しをしても十五年逃げると時効になるのは読者諸兄も御存知の通り。
 最近テレビ・新聞を賑わした福田○子の事件を思い出していただきたい。人殺しをして逃げに逃げ回って、元の杵柄のホステスをやっていたが、テレビで時効を知った人がそう言えば似てると警察に通報し逮捕になったが、このまま逃げきれば、公訴に関する時効で堂々と人前に出れる。しかし、殺人の罪が無くなる訳ではないので、良心があれば煩悶はするだろうが、強かな奴じゃどうにもならない。殺人罪の判決を受け脱走して逃げ回る時は三十年の歳月が必要になるが、それでも時効は成立する。かくほど左様に時効というものは恐ろしい力を持っている。
時効の概略を記す。
時効・一般取引についての時効で原則十年。
短期消滅は三年、二年、一年。
商事時効・商取引に関する時効で原則五年。
刑事時効・刑罰に関するもの一年から三十年。
公訴に関するもの一年から十五年。
その他の時効・税金などは五年。
 今回の貸金は八戸信用金庫のなした業務であるから商事時効に属する。商法の五二二条には〔債権の消滅時効〕として商行為に因りて生じたる債権は本法に別段の定めある場合を除く外五年間之を行わざるときは時効に因りて消滅す、と定めている。つまり、五年間利息も元金も払わないときは貸手はその貸金を失うことになる。
 相手は天下の八戸信用金庫、人さまの金を預かり、それを運用し利潤を上げるのが仕事、そんなズサンなことがある訳はない! そう筆者も思っていたが、これを発見したのは弁護士だった。
 天下の八戸信用金庫にも大きなミスがあった。意外と日常業務を行う側にミスが多いのは鉄道、飛行機、交通事故など。毎日繰り返している業務の中でポカをやらかすことがあるが、これもそれと同様なミスだ。
 借金の合計は六億七千万円になっている。しかし、貸手の八戸信用金庫の金を貸す手段方法に間違いがあった。
金融機関から金を借り入れるには二つの方法がある
一つは設備資金などの長期の借入。もう一つは運転資金などの短期のもの。
●長期の場合には金銭消費貸借と称して借入元金に貸出利息を上乗せし、それを六十回とか百回に分割返済していくもの。これを証書貸付と呼ぶ。
●短期の場合には借入額面から金利を先に引かれて、期日が到来した時に一括弁済するもの。金融機関は顧客(借り人)に金を貸付け、顧客は借用証書代わりに手形を金融機関に交付するもの。この場合の手形は顧客の振り出した約束手形または自己引受為替手形で、銀行が受取人であり、裏書きのない(単名手形)ものであり、金融機関は原因債権(貸金債権)と、手形債権の二つを持っている。
 手形の場合は商事行為の中でも時効の期間は短い。三年で時効になる。(手形法七十条一項、七七条一項八号)。つまり銀行に渡した手形が落とせずに、何のかんのと言い訳をしながら延滞利息も入れずに頑張れれば、三年で時効になる。これには一寸した根性と度胸がいるゾ。銀行員も一皮むけばインテリヤクザで、手形が廻ってきて預金不足。三時になれば、各支店は手形を持って本店に集合する。その際、引き落とせるだけの金額がないと不渡りになる。自分の支店から不渡りは出したくないので、手形振出人に矢の催促が来る。これは受けた者じゃないと判らぬが、ソリャ厳しいことを言う。
何とか金をかき集めて持って行くと、『今回は待ってやったが、次回はまたないぞ社長、いいか』などの発言は平気のへいざだ。
これは商業手形の場合で、自振の金融機関へ出した単名の場合は大体金利を入れて書換えてくれる。これは何度でも応じてくれるが、次第に険悪な表情になり、馬鹿野郎程度の発言は往々にしてある。何故筆者がそんなことを知っているか? 散々言われた口なので知悉。普通、証書貸付にせよ単名にせよ、三年も五年も放置するということは先ずあり得ない。それは金融機関も敵はさるもの、引っ掻くもので、なかなか逃げきれない。また監督官庁があり、ズサンな経営を監視している。