東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる と詠んだのは石川啄木、この歌は八戸の蕪島海水浴場だと主張し、世の啄木研究家を揺すぶったのが、共産党元市議の岩織政美氏。
この人が困った人に手を差し伸べた。元々困民救済を叫んだ無産政党の一つ、公明党も同様、社会の底辺の人々の声を代弁した。岩織市議は右翼が市議会議場にビラを投げ入れた平成五年の事件の前から、この前田氏の困窮ぶりを議会で指摘。
それは平成三年十二月定例会、この議事録は八戸市のホームページで市議会に入り、記録から参照、詳細検索で岩織市議で出る。かなり突っ込んだ話が見える。
が、紳士の追及はこの先に伸びなかった。平成四年は岩織氏は、前田問題、言い換えればひばりの里事件について追求していない。故人となられた前田氏から訊く術はないが、この決着を右翼に頼んだのだろう。そして右翼の出番、その街宣車が市役所駐車場にあるのを目撃した岩織氏が、何で中里市長が右翼ごときと市役所で会う必要があるのかと追求。
これに腹を立てて議場にビラが撒かれた。岩織氏の追及も右翼の行動も、同じ前田氏の救済であったが、手段方法に右翼と紳士の違いがあった。
結句、右翼はこのひばりの里事件で一億円の現金を得る。前田氏にその一部が渡った話を聞かない。
この稿で一応、ひばりの里事件を休むが、佐々木の倅が再度刺激してくれれば、佐々木医師がアワジケイコを連れて右翼に街宣車をやめて欲しいと懇願した記録、滝沢章次県議と藤川友信の会話記録、前田氏が平成四年にイトーヨーカドー前で撒いたチラシ、佐々木桂一が台湾女性と結婚すると騙したとして、台湾警察からパスポートを取り上げられ、日本から五千万円送金させ、ようよう帰国できたなどのチラシ等々、存命する関係者からの録取などを公開する。滝沢県議に藤川友信は秘書として雇用されるも、色目を津島雄二に使い、当時、中選挙区制度で、八戸の事務所で働かせて欲しいと、一説では滝沢県議の後援会名簿を持って鞍替え。
藤川は昭和五十八年の市議選で落ちるが、昭和62年4月26日に2663票で当選、順位は十九番目、経歴には代議士秘書。
昭和63年9月6日に社会福祉法人愛桂会設立
当初前田氏は善光会という社福を作ろうと考える。軽費老人ホームだけにすれば医師免許を持った人物の協力は不要だが、前田氏の構想には中間施設があった。
これは入院患者が家に戻る前に、中間でリハビリ等介護を受けるもの。これに医師が必要。前田氏が当初予定した医師が断ってきたため、佐々木桂一の出番となった。一年間だけ理事長をさせてくれとの佐々木からの希望を入れたのが間違い。
どうも自分が考えたものと違うものだと、再度、老人施設を作ろうと計画。前田氏の敷地は広大。その構想に八戸市も五千万円程度の補助が出るはず、それがこじれて岩織氏に追及された。
ひばりの里事件と発展したのは、前田氏が名目だけの副施設長では自分の構想は実現できないと、土地を担保に金を借りた。それが八戸ガス興業社長の馬渡就氏、担保の土地がひばりの里へ通じる道路面で騒動が起きた。八戸ガス興業はこの土地を封鎖するとひばりの里に通告。ひばりの里へ入れない。これは佐々木桂一も困った。これを追求したのが岩織氏で平成三年の議事録にある。この土地を勿論、馬渡氏はひばりの里に買わせる。(広大な敷地は動画参照)
平成元年11月に中里信男氏が市長就任。ひばりの里の理事を開設当初から平成三年まで勤める。岩織氏に厳しく追及されるもノラリクラリ。この男が建てた箱物行政が今の八戸のガンになっている。
平成二年、津島雄二が厚生大臣就任。
平成三年藤川友信2785票、市議当選、十四番、ひばりの里理事、同12月、中里市長、ひばりの里理事辞任
平成七年、藤川友信、3295票市議当選、五番
平成十一年藤川友信、3605票、市議当選、三番
平成13年11月中里市長辞任
平成十五年、県議選、6140票落選
平成十九年 県議選 落選
これについて、
八戸市会議員藤川ゆり後援会会長で八戸市民オンブスマン副代表の佐々木聡と申します。記事に出ている藤川市議の父、藤川友信は世間で私の事を共産主義者呼ばわりしていますがそれは2回も人の金を使ってビリで落選している彼の無知によるところが大きいです。本当に単純で紅衛兵みたいなもので(笑)
それは2回も人の金を使ってビリで落選とはどういう意味なのだろうか。藤川友信は現在もひばりの里の役員をしている。倅の知らないところで佐々木桂一とはつながりが深いのだろう。それが世代交代で倅と、優里市議の関係にもつれた。親子二代ともなれば、言うに言えない執念、妄念、怨念があるのか。
藤川友信の県議落選も、盟友中里信男氏との関係がこじれ、押してくれるはずが中里が立てた人物が当選と、思惑が外れたの評も聞こえる。思惑と越中ふんどしは先から外れるのたとえもある。ひばりの里は昭和63年の資産2億5千万、これが平成20年に13億五千万円に膨れた。増やした側の得意顔、とられた者の泣きっ面。人生は勝者のためにあるのか、いや、そうではなかろう。
困民救済は政治の仕事、が、それに真剣に加担する、あるいは、加担したのは共産党と公明党だけだ。岩織氏は貧困家庭で育ち、日東化学に勤務、優秀な若者に日東は自前の高校を作り教育。そこで岩織氏は学んだ。そして共産党員として政治に参加。少数だけに堂々の論陣は張れどかなわぬことも多かった、が、氏なかりせば、このひばりの里事件も解明の緒にもつかなかった。やはり、彼は偉大な足跡を残した隠れた人材。
2008年9月5日金曜日
2008年9月4日木曜日
八戸二十八日町 錦座
ギッシリと詰めかけた一千余の観客がヤンヤの拍手かっさいをもって迎えるうちドン帳がスルスルと上がるや当代最高の人気役者中村吉衛門、大谷友衛門(いずれも先代)らがズラリとキラ星のごとく居並び満揚水をうったように静まり返えるうち吉衛門の澄んだ口上が三階客席まで響いていった。錦座のコケラ落としは有名をはせ、ファンは青森、盛岡からも乗り込んできたものだった。
綿座というのは現在の東宝映画館の前身で大正十三年の八戸大火後、町内の実業家西村喜助さんの手によって建てられたものだが、その前は明治四十年ごろにできた「当り座」が八戸ただ一つの芝居小屋として、娯楽機関の役目を果たしていた。立ち見席をふくめて千数百人を収容でき、花道、廻り舞台、奈落の設備が完備された綿座は役者たちにも東北最高の劇場とほめられた。錦座がまだ当り座といっていた大正四年の冬、コタツ火の不仕末から当時人気の市川荒次郎一座が火災にあい、このために八人の焼死者を出した。のちに一座は供養興行をうったが大慈寺にはいまも八人の供養塔が残っている。また綿座は集会場のなかった八戸にとってたびたび演説会場などにも使われ無産党の運動家や社会主義者がよく「政談演説大会」と銘うって開いたものだが、弁士が「諸君」といっただけで臨監(りんかん・その場に臨んで、監督・監視をすること)中の巡査が「弁士、中止」とストップをかけて検束したものだった。
芝居はしょっちゅうかかっていたものではなく、たまに一座が来ようものならたいへんな前宣伝で「顔見せ」と称し、役者巡が先頭にノボリをおし立てて人力車に分乗し、タイコをたたきながら市中をねり歩いたものだが、美男の人気役者に娘たちが瞳を輝かすといった古きよき時代ではあった。
◎ 編集部 当たり座の火事は図書館郷土資料室マイクロフィルム大正四年奥南新報、一月二月に収録
◎ 西村喜助の詳細な資料はイワトクビル社長が所有
本文記録はデーリー東北新聞社刊「町内風土記」から
綿座というのは現在の東宝映画館の前身で大正十三年の八戸大火後、町内の実業家西村喜助さんの手によって建てられたものだが、その前は明治四十年ごろにできた「当り座」が八戸ただ一つの芝居小屋として、娯楽機関の役目を果たしていた。立ち見席をふくめて千数百人を収容でき、花道、廻り舞台、奈落の設備が完備された綿座は役者たちにも東北最高の劇場とほめられた。錦座がまだ当り座といっていた大正四年の冬、コタツ火の不仕末から当時人気の市川荒次郎一座が火災にあい、このために八人の焼死者を出した。のちに一座は供養興行をうったが大慈寺にはいまも八人の供養塔が残っている。また綿座は集会場のなかった八戸にとってたびたび演説会場などにも使われ無産党の運動家や社会主義者がよく「政談演説大会」と銘うって開いたものだが、弁士が「諸君」といっただけで臨監(りんかん・その場に臨んで、監督・監視をすること)中の巡査が「弁士、中止」とストップをかけて検束したものだった。
芝居はしょっちゅうかかっていたものではなく、たまに一座が来ようものならたいへんな前宣伝で「顔見せ」と称し、役者巡が先頭にノボリをおし立てて人力車に分乗し、タイコをたたきながら市中をねり歩いたものだが、美男の人気役者に娘たちが瞳を輝かすといった古きよき時代ではあった。
◎ 編集部 当たり座の火事は図書館郷土資料室マイクロフィルム大正四年奥南新報、一月二月に収録
◎ 西村喜助の詳細な資料はイワトクビル社長が所有
本文記録はデーリー東北新聞社刊「町内風土記」から
藤川優里市議のよわった、困った、日和下駄のオンブズ達9
平成 5年 9月 定例会-09月14日
岩織政美市議の会議録 最終
ですから、ゼネコン癒着の問題であっても、仙台市長でああいう不祥事があって、贈収賄事件を問われて、逮捕されて問題になったハザマ以下四社を指名停止処分にしているんじゃないですか。しかし、これは市の発注工事には関係ないですよ、その問題に関する限りは。しかし、市は、建設省なり、各地方自治体の対応を見て市もそういう対応をとった。この限りでは正しい。しかし、これは、信用度の問題について言えば、市の発注工事には関係ない。しかし、これは信用度を著しく損ねた行為でしょう。ですから、指名停止処分をしたでしょう。なぜ小幡建設に対しては同じような判断対応ができないんですか。そこには何かできないという具体的な根拠はありますか。それを述べていただきたい。 とりあえず以上についてお願いします。
市長(中里信男君)
(前略)それから、ひばりの里の理事として、これは先ほども申し上げたんですが、市長就任と同時に辞任をいたしたいという旨を申し入れて、わかりましたと、こういうことを言われておるわけです。ところが、事務手続上に相手側の方でおくれたということがあって、途中で申しわけないということも言っておったんですが、そういうことでおくれたということで、私は、その辞任を申し入れて、わかりましたということで辞任しておるものだ、このような判断をいたしております。 それから、その小幡建設と、ひばりの里の受注、発注の関係、これには全く私は参画もしていないし、わからないわけであります。そういう中で、その受注者と発注者の中で、三千万円がどうしたこうしたと、それで差し押さえをかけたというような事情等については、これは申し上げられる何ものも持っていないのでございます。それぞれの立場でお話し合いがなされたものでしょうと思っております。 そういうようなことからいたしまして、私は補助金の計上についても、地元に長年願ってまいりましたケアハウス実現のために成功してもらいたい。こういう市の重点施策にも入っておるわけでございますから、それを進めてまいった、こういう経緯でございます。 あとは部長の方からお答えします。
財政部長(村手聡君)信用度という点について御答弁申し上げます。 先ほどの答弁の中で、市の事業ということで信用度を図るということを申し上げたわけでございますけれども、これは、いわゆる事実関係について、市にとって判明しているもので判断するということでございます。 贈収賄事件につきましては、市の公共工事の発注に対して非常に影響があるものでございますから、ハザマ等四社につきましては、指名停止処分ということをさせていただいておるわけでございますけれども、これにつきましては、当事者間の債権債務の問題でございます。そしてまた、公判中であり、また第一審でも小幡建設は勝訴しているところでございます。事実関係が非常にはっきりしない状況でございまして、それによって信用度を図るということは、なかなか難しいことだというふうに理解しております。
三十四番(岩織政美君)あとわずかですね。 今の再答弁で、さらにまた指摘しなければなりません。ほかにもあるんですが、そちらはもうカットしまして──市長、平成三年十一月まで就任したことについて、私は辞任を申し入れしてあったが、事務手続上のおくれで平成三年十一月まで時間が延びた、こういう答弁ですね。そこで新たな疑問は、正規の法人組織、理事会は必ず理事会の議事録を県に出すんです。そこには必ず理事の全員の連署、署名があるでしょう、捺印があるでしょう。恐らくこの時点では、辞任までは市長の判こが使われているはずなんですよ。使われていないと市長は首を振る。問題は、事実はほとんど理事会は開かれていない、こう言わざるを得ないです。ですから、市長は三千万円についても、私は何も知らない。だれも教えないからと言えば、そうでしょう。理事会でこういう問題が全然議題にならないというのはない。 市長、これはもう一点質問しますが、前田勇氏の理事解任の理事会の議決には、市長は理事としてどのようにかかわったんですか。これを答弁してください。 前田勇氏が解任された根拠は三つありまして、一つは忠実義務違反、これはケアハウスを設置した行動が勝手なものだから、けしからぬということです。私は、これは根拠は薄いと思います。次、背任行為、三千万円問題、全く個人間の問題を法人組織に責任をかぶせようとしたから背任行為だ。私はこれも間違っていると思う。唯一、前田勇氏が失点として指摘されて抗議できないのは、さきの議会で私が取り上げた、ひばりの里通路封鎖問題です。これについて前田勇氏は、みずから八戸ガス興業の馬渡就氏に同意を与えたために、この責任を問われた。私は、これはやむを得ないことだと思う。申し開きのできない、ただ一つの例だと思う。しかし、他の二項目について、これは正当な根拠とは言えない理由で、副施設長を解職され、理事を解任されているんです。そして九万平米の土地を失う。一切の収入源を絶たれ、すべての財産を失って、数千万円の借金を背負って生活に苦しんでいるのが、今の前田勇氏の実態なんですよ。その直後のきっかけは、今言ったように、ひばりの里理事会の解職、解任決議なんです。それに当時市長がまだ在任中ですから、どういう会話でしたか。大事なことです。それを一つお願いします。 それから、財政部長が答弁したから財政部長に聞かなきゃならないんですが、事実関係が判明しているものについてだけ判断しておる。信用度の問題について、小幡の問題については事実関係が判明していないからという、暗にそういうことになるわけですね。今一回で答弁が終わるからやむを得ないんですが、財政部長、私の質問を受けて、どういう調査、どこまでどのように突っ込んで調査しましたか。小幡建設、当事者の前田勇氏、両方から事情聴取しましたか。それとも、それはやらないで、どうせ岩織議員の言うのは、適当にあしらっていればよい。これは、事実関係はわからないから、裁判で係争中の問題はどうにでもなる。そういう判断でおさめたんじゃないですか。もう一度答弁してください。これでもう時間はないですね、終わりですね。 以上です。
市長(中里信男君)理事会の件でございますが、先ほど申し上げたように、市長就任と同時に辞意を表明し、それを了解しておるわけですから、当然私に理事会の案内が来るわけがございません。したがいまして、前田勇氏を解任の件について判こを押している事実はございません。そういう経過でございます。
財政部長(村手聡君)信用度のお話でございますけれども、小幡建設の問題でございますが、ただいま裁判、係争中の事犯でございます。それにつきましては、裁判の判断があった時点で判断しようというふうに考えておる次第でございます。
岩織政美市議の会議録 最終
ですから、ゼネコン癒着の問題であっても、仙台市長でああいう不祥事があって、贈収賄事件を問われて、逮捕されて問題になったハザマ以下四社を指名停止処分にしているんじゃないですか。しかし、これは市の発注工事には関係ないですよ、その問題に関する限りは。しかし、市は、建設省なり、各地方自治体の対応を見て市もそういう対応をとった。この限りでは正しい。しかし、これは、信用度の問題について言えば、市の発注工事には関係ない。しかし、これは信用度を著しく損ねた行為でしょう。ですから、指名停止処分をしたでしょう。なぜ小幡建設に対しては同じような判断対応ができないんですか。そこには何かできないという具体的な根拠はありますか。それを述べていただきたい。 とりあえず以上についてお願いします。
市長(中里信男君)
(前略)それから、ひばりの里の理事として、これは先ほども申し上げたんですが、市長就任と同時に辞任をいたしたいという旨を申し入れて、わかりましたと、こういうことを言われておるわけです。ところが、事務手続上に相手側の方でおくれたということがあって、途中で申しわけないということも言っておったんですが、そういうことでおくれたということで、私は、その辞任を申し入れて、わかりましたということで辞任しておるものだ、このような判断をいたしております。 それから、その小幡建設と、ひばりの里の受注、発注の関係、これには全く私は参画もしていないし、わからないわけであります。そういう中で、その受注者と発注者の中で、三千万円がどうしたこうしたと、それで差し押さえをかけたというような事情等については、これは申し上げられる何ものも持っていないのでございます。それぞれの立場でお話し合いがなされたものでしょうと思っております。 そういうようなことからいたしまして、私は補助金の計上についても、地元に長年願ってまいりましたケアハウス実現のために成功してもらいたい。こういう市の重点施策にも入っておるわけでございますから、それを進めてまいった、こういう経緯でございます。 あとは部長の方からお答えします。
財政部長(村手聡君)信用度という点について御答弁申し上げます。 先ほどの答弁の中で、市の事業ということで信用度を図るということを申し上げたわけでございますけれども、これは、いわゆる事実関係について、市にとって判明しているもので判断するということでございます。 贈収賄事件につきましては、市の公共工事の発注に対して非常に影響があるものでございますから、ハザマ等四社につきましては、指名停止処分ということをさせていただいておるわけでございますけれども、これにつきましては、当事者間の債権債務の問題でございます。そしてまた、公判中であり、また第一審でも小幡建設は勝訴しているところでございます。事実関係が非常にはっきりしない状況でございまして、それによって信用度を図るということは、なかなか難しいことだというふうに理解しております。
三十四番(岩織政美君)あとわずかですね。 今の再答弁で、さらにまた指摘しなければなりません。ほかにもあるんですが、そちらはもうカットしまして──市長、平成三年十一月まで就任したことについて、私は辞任を申し入れしてあったが、事務手続上のおくれで平成三年十一月まで時間が延びた、こういう答弁ですね。そこで新たな疑問は、正規の法人組織、理事会は必ず理事会の議事録を県に出すんです。そこには必ず理事の全員の連署、署名があるでしょう、捺印があるでしょう。恐らくこの時点では、辞任までは市長の判こが使われているはずなんですよ。使われていないと市長は首を振る。問題は、事実はほとんど理事会は開かれていない、こう言わざるを得ないです。ですから、市長は三千万円についても、私は何も知らない。だれも教えないからと言えば、そうでしょう。理事会でこういう問題が全然議題にならないというのはない。 市長、これはもう一点質問しますが、前田勇氏の理事解任の理事会の議決には、市長は理事としてどのようにかかわったんですか。これを答弁してください。 前田勇氏が解任された根拠は三つありまして、一つは忠実義務違反、これはケアハウスを設置した行動が勝手なものだから、けしからぬということです。私は、これは根拠は薄いと思います。次、背任行為、三千万円問題、全く個人間の問題を法人組織に責任をかぶせようとしたから背任行為だ。私はこれも間違っていると思う。唯一、前田勇氏が失点として指摘されて抗議できないのは、さきの議会で私が取り上げた、ひばりの里通路封鎖問題です。これについて前田勇氏は、みずから八戸ガス興業の馬渡就氏に同意を与えたために、この責任を問われた。私は、これはやむを得ないことだと思う。申し開きのできない、ただ一つの例だと思う。しかし、他の二項目について、これは正当な根拠とは言えない理由で、副施設長を解職され、理事を解任されているんです。そして九万平米の土地を失う。一切の収入源を絶たれ、すべての財産を失って、数千万円の借金を背負って生活に苦しんでいるのが、今の前田勇氏の実態なんですよ。その直後のきっかけは、今言ったように、ひばりの里理事会の解職、解任決議なんです。それに当時市長がまだ在任中ですから、どういう会話でしたか。大事なことです。それを一つお願いします。 それから、財政部長が答弁したから財政部長に聞かなきゃならないんですが、事実関係が判明しているものについてだけ判断しておる。信用度の問題について、小幡の問題については事実関係が判明していないからという、暗にそういうことになるわけですね。今一回で答弁が終わるからやむを得ないんですが、財政部長、私の質問を受けて、どういう調査、どこまでどのように突っ込んで調査しましたか。小幡建設、当事者の前田勇氏、両方から事情聴取しましたか。それとも、それはやらないで、どうせ岩織議員の言うのは、適当にあしらっていればよい。これは、事実関係はわからないから、裁判で係争中の問題はどうにでもなる。そういう判断でおさめたんじゃないですか。もう一度答弁してください。これでもう時間はないですね、終わりですね。 以上です。
市長(中里信男君)理事会の件でございますが、先ほど申し上げたように、市長就任と同時に辞意を表明し、それを了解しておるわけですから、当然私に理事会の案内が来るわけがございません。したがいまして、前田勇氏を解任の件について判こを押している事実はございません。そういう経過でございます。
財政部長(村手聡君)信用度のお話でございますけれども、小幡建設の問題でございますが、ただいま裁判、係争中の事犯でございます。それにつきましては、裁判の判断があった時点で判断しようというふうに考えておる次第でございます。
2008年9月3日水曜日
小中野常現寺に来たおいらん道中解説三遊亭圓生噺
三遊亭圓生 って落語家がいた。博学な人。六歳で義太夫語り、十歳で噺家になった。自分が自分がという性格が災いし、落語協会の長に選ばれないことに腹を立て脱退、弟子の円楽が忠義を尽くし共に出て苦労。寄席が呼ばないので自前の寄席を造り、借金を抱え込んで心労。日本人の良さを示した。その圓生の博学から、花魁道中を拾う。
吉原にあるいろいろな慣習というのは花魁の道中でございます。現在は錦絵とかあるいは歌舞伎で見るよりほかにいたしかたがございませんが、髪を立兵庫、あるいは横兵庫という、それへかんざしを後光のようにさしまして、金糸銀糸で縫いをとったしかけをはおり、黒塗りの高い三歯のぽっくりで、内外八文字という::おっそろしくどうも複雑な歩き方をして、両側のお茶屋ではこれに合わして、清掻(すががき・江戸吉原で、遊女が張見世はりみせに出る時に弾く三味線の曲。見世清掻)という三味線を弾きまして花魁道中をするという。これがもう、仲の町張りといって、吉原では最上等の花魁でございます。それからここでは廓の言葉というものを皆つかいます。これを一名まほう言葉ともいう……。「ああしまほう」「こうしまほう」。あるいは「そうでありんす」「そうざんす」「そうざます」なんという……。どういうわけでそんな言葉を使ったのかというと、吉原の花魁が残らず江戸子というわけにはそれアいきませんよ。何しろ三千人という数の中ですから、丹波の国のへっころ谷なんというところから花魁が出てくる…どうもその、訛りがとび出しては具合が悪い。これをかくすために廓の言葉を用いました。
「ぬしは酔いなんしたによって、もう寝なまし」
なんてえと、たいへん色っぽくなる。
「駄目だよ、お前。酒べえくん飲んで、俺アまだまわすあるだでよ、眼玉くッ潰してくン寝ろよ、この野郎」
なんて、どうも花魁から「この野郎」なんて言われては色気もなんにもない。そこでああいう言葉を考えたんでしょうが…。
『吉原細見』というのがありまして、これは吉原の案内記でございましょうね。何という楼にはこれこれの名前の遊女がいるという事を明細に記してある。年は何歳とか、前科何犯とか…
それから名前のあたまンところへ印がついている。山型とかあるいは星とか、いろいろあります。
あれは花魁の位取りだそうです。入り山型に二つ星というのが、これはもう最上等の花魁……そういうのが申し上げたような花魁道中をいたします。
さてそういう花魁がいくらぐらいで買えたのかというと、まア時代によりまして物価はいろいろ違いますが、玉代というものが昼三といいますから、昼間だけで三分とられたといいます。三分というのは一両の四分の三、これア高いものです。そういう花魁には、みな新造というものがつきます。新造というのは花魁の候補生みたいなもので禿(かむろ)だちといいます。
ま、禿になるのは十歳ぐらいの年からでしょう。十六くらいになると年頃になってきたというので、これから新造というものになる。いろいろ花魁の教養をつんでもうこれならばという見定めがつきますと、器量のいいのを花魁に仕立てる。もちろんこれは、名だたる花魁の妹分というので後見役になりまして突き出しというので太夫になる……。ですからそのいい花魁にはみんな新造がついている。これも振袖新造、留袖新造、番頭新造とありました。
(新造・しんぞう、しんぞ共・遊里で、「おいらん」と呼ばれる姉女郎に付属する若い遊女の称。出世して座敷持・部屋持となるものもあり、新造のまま終るものもあった)
振袖新造・江戸時代、禿かぶろから新造に出てまだ部屋持とならず、振袖を着ている若い遊女
番頭新造・江戸新吉原の遊郭で、上位の遊女の諸事世話をする新造の位の女郎。普通の年若い新造とは違って、世事に長じた年輩の女郎
吉原にあるいろいろな慣習というのは花魁の道中でございます。現在は錦絵とかあるいは歌舞伎で見るよりほかにいたしかたがございませんが、髪を立兵庫、あるいは横兵庫という、それへかんざしを後光のようにさしまして、金糸銀糸で縫いをとったしかけをはおり、黒塗りの高い三歯のぽっくりで、内外八文字という::おっそろしくどうも複雑な歩き方をして、両側のお茶屋ではこれに合わして、清掻(すががき・江戸吉原で、遊女が張見世はりみせに出る時に弾く三味線の曲。見世清掻)という三味線を弾きまして花魁道中をするという。これがもう、仲の町張りといって、吉原では最上等の花魁でございます。それからここでは廓の言葉というものを皆つかいます。これを一名まほう言葉ともいう……。「ああしまほう」「こうしまほう」。あるいは「そうでありんす」「そうざんす」「そうざます」なんという……。どういうわけでそんな言葉を使ったのかというと、吉原の花魁が残らず江戸子というわけにはそれアいきませんよ。何しろ三千人という数の中ですから、丹波の国のへっころ谷なんというところから花魁が出てくる…どうもその、訛りがとび出しては具合が悪い。これをかくすために廓の言葉を用いました。
「ぬしは酔いなんしたによって、もう寝なまし」
なんてえと、たいへん色っぽくなる。
「駄目だよ、お前。酒べえくん飲んで、俺アまだまわすあるだでよ、眼玉くッ潰してくン寝ろよ、この野郎」
なんて、どうも花魁から「この野郎」なんて言われては色気もなんにもない。そこでああいう言葉を考えたんでしょうが…。
『吉原細見』というのがありまして、これは吉原の案内記でございましょうね。何という楼にはこれこれの名前の遊女がいるという事を明細に記してある。年は何歳とか、前科何犯とか…
それから名前のあたまンところへ印がついている。山型とかあるいは星とか、いろいろあります。
あれは花魁の位取りだそうです。入り山型に二つ星というのが、これはもう最上等の花魁……そういうのが申し上げたような花魁道中をいたします。
さてそういう花魁がいくらぐらいで買えたのかというと、まア時代によりまして物価はいろいろ違いますが、玉代というものが昼三といいますから、昼間だけで三分とられたといいます。三分というのは一両の四分の三、これア高いものです。そういう花魁には、みな新造というものがつきます。新造というのは花魁の候補生みたいなもので禿(かむろ)だちといいます。
ま、禿になるのは十歳ぐらいの年からでしょう。十六くらいになると年頃になってきたというので、これから新造というものになる。いろいろ花魁の教養をつんでもうこれならばという見定めがつきますと、器量のいいのを花魁に仕立てる。もちろんこれは、名だたる花魁の妹分というので後見役になりまして突き出しというので太夫になる……。ですからそのいい花魁にはみんな新造がついている。これも振袖新造、留袖新造、番頭新造とありました。
(新造・しんぞう、しんぞ共・遊里で、「おいらん」と呼ばれる姉女郎に付属する若い遊女の称。出世して座敷持・部屋持となるものもあり、新造のまま終るものもあった)
振袖新造・江戸時代、禿かぶろから新造に出てまだ部屋持とならず、振袖を着ている若い遊女
番頭新造・江戸新吉原の遊郭で、上位の遊女の諸事世話をする新造の位の女郎。普通の年若い新造とは違って、世事に長じた年輩の女郎
藤川優里市議のよわった、困った、日和下駄のオンブズ達8
平成 5年 9月 定例会-09月14日
岩織政美市議の会議録 続続
中里市長答弁続
次に、O建設の信用度について、これは、市の指名業者である小幡建設工業株式会社の信用度はどのようなものか。また指名業者として適格か、こういう内容でありました。 小幡建設工業株式会社の受注施行状況は、平成三年度におきまして、八戸新都市下水道築造工事五工区でございます。第十処理分区下水道築造工事三工区、南部山公園コミュニティ施設排水設備工事、下長二丁目地内下水道築造工事一工区です。平成四年度は、類家三丁目下水道築造工事二工区、日計ヶ丘小学校排水管布設工事二工区、田面木都市下水路築造工事三工区、旭ケ丘団地市営住宅第二種耐火三階建て本棟建築工事等を受注しております。このいずれの工事においても適正に施行されており、指名業者として適格性を欠くものとは認識していないところでございます。 以上です。
三十四番(岩織政美君)
(前略)ひばりの里問題で再質問します。 今の市長の答弁で、市長の言ったことが、そのまま私のメモで間違っていなければ──一つは、市長は平成三年十一月に辞任した、述べたと私はメモしました。もしこれが、このとおりであれば、満二年間、在任したことになるわけですね。この平成三年十一月、このとおりであればですよ、市長──この間に起きた問題と市長は一体どういうかかわりが出てくるのかということになるわけです。あくまで理事としての中里信男です。 小幡建設がケアハウス予定地を仮差し押さえ命令を出させたのが、平成三年八月二十七日です。そして同日──これも私の疑問になるわけですが、全く同じ八月二十七日に内容証明付の三千万円返済催告書を初めて前田勇氏に送っているんです。この時間的な経過を考えれば、私は、先に仮差し押さえの手続をしてから内容証明を送っただろうと見ざるを得ないんです。事実は違うかもわかりませんが、一歩下がっても全く同じ時間に、こういうことをしている。ということは、内容証明で送ったというのは、この手始めですから、それまでは、小幡建設はそこまで考えておらなかったんです。私はそう推察する。 しかし、先ほど言ったように、大手ゼネコンのT建設が入ってきて、当初ケアハウスの本棟工事を請け負うだろうと思っておったら、それができなくなったということで、それであれば重ねての三千万円の問題がふいになるということで、急遽予定地の仮差し押さえ設定の手続をした。しかし、それだけではだめなので、催促したという事実がなければならないんですから、内容証明の返済催告を前田勇氏に送った。そこで、その書類を同時につくった、私は、こう見る。こういうことがあるわけですが、一つは、先ほど来言ったように、市長が平成三年十一月まで在任であれば、当然このときも理事であったわけです。そうすれば、私は、その前にやめておったんじゃないかというふうに今の時点まで思っておったわけですから、もし平成三年十一月末まで在任したとあれば、市長は二つの意味で責任があったわけです。 議会に対して四千百十万円の補助金を提案して、議決させておって、それが壊れる事態になって、市長の先ほどの答弁では、行政は個人の借金問題については関与することはないから、何もしませんでしたという答弁が一つ、私はこれは間違っていると思いますが、まずそれが一つ。もう一つは、理事中里信男として、これは、なぜ私はここで言うかと言えば、この三千万円に絡む仮差し押さえに至った責任を前田勇氏は問われて、理事解任、解職になっているんですから、当然理事である中里信男個人も、その理事会の検討にあずかっていたことになるんです。どうして仮差し押さえになったのか。もちろんそれは、ひばりの里以降ではないですよ。以降ではないけれども、しかし、そのことが理事の一メンバーである前田勇氏がやったことについて、理事会が後で責任をとっているわけですから、それに対して、理事に在任であれば、当然それについて一理事として意見を述べる機会はあったことになるわけです。このことについて、市長はどう思うのか。 行政として介入をすべきではないと判断した。これについて述べます。 これは、県の秋田谷当時生活福祉部長の対応と違うんです、市長。議事録で示します。当時、この問題があった日、平成三年の、差し押さえが市から報告を受けた後の県の所管の常任委員会、野沢剛委員がこの問題を触れて、取り上げているんです。その中で、秋田谷生活福祉部長は、こう述べている。前段は省略しますが、「新聞の報道にもあるとおり、建設予定地が仮差し押さえ処分になっているが、このことは、最近に至り、市の報告によりわかり、直ちに法人設立代表者に仮差し押さえ処分の解除について指導しているが」、こうあるんです。もちろんこれは前田勇氏のことを指していると思うんですが、県は、このように指導しているんですよ。しかし、市は関与すべきじゃないということで何もしなかった。私は、これは正しくないと言わざるを得ない。 重ねて私の見解を述べるならば、四千百十万円を議会が信頼して議決したんですよ。ケアハウスができる、いいことだろうということで。しかし、仮差し押さえという事実を突きつけられて、これは空中分解する。市長、補正予算をそんなに軽々に議会に出して、はい、失敗したから引っ込めますということをするべきなんですか。私は、そうじゃないと思うんです。 名誉市民の提案の問題もそうです。突如提案して、思うようにいかなければ引っ込めて撤回する。私は、いいかげんなやり方だと言われても、仕方がないんじゃないかと思いますよ。四千百十万円を議会が議決したということは、理事者の対応を信頼して、理解して受けとめて、それを認めたわけです。私も賛成したんです。 しかし、それが予測しない不祥の事態になって使えなくなったから、返上になりました。これは、年度末の決算でそうなったわけでしょう。なぜ四千百十万円を一たん計上して議決したものが、無為になるのかということについて、市長は責任を持って議会に答弁しなきゃならないんですよ。そうじゃないですか。そうすれば、そういう事態を回避するために理事者として全面的に全力を注いで、打開のために努力すべきじゃないですか。市が補助金を出していない、全く民間の工事であれば別ですよ。国、県にあわせて、市が応分の補助金を設定したんですから。それが壊れても、市は知らぬ。四千百十万円使えなくなったから、これは返上させていただきます。私は、ここにも中里市政のやり方のまずさがあると思うんです。一面で言えば、市民に対して、不十分な行政の対応をしている。議会に対しても不十分な提案をして、不十分な経緯でもって責任逃れをするんじゃないか。どうして県が指導しておるという立場をとっているとき、市ができないんですか。このことについてももう一度答弁を願います。 それからもう一点、信用度の問題です。市長が今述べた信用度は、あくまで市が発注させた工事のできばえについての信用度だけで終わりました。それ以外のことは触れません。しかし、信用度というのはそんなものですか、業者の信用度は。私は、そういうものだということは、今までうかがったことはありません。市の発注工事であろうと、民間の工事であろうと、健全な業務を遂行しているということが前提になっているんじゃないですか。
岩織政美市議の会議録 続続
中里市長答弁続
次に、O建設の信用度について、これは、市の指名業者である小幡建設工業株式会社の信用度はどのようなものか。また指名業者として適格か、こういう内容でありました。 小幡建設工業株式会社の受注施行状況は、平成三年度におきまして、八戸新都市下水道築造工事五工区でございます。第十処理分区下水道築造工事三工区、南部山公園コミュニティ施設排水設備工事、下長二丁目地内下水道築造工事一工区です。平成四年度は、類家三丁目下水道築造工事二工区、日計ヶ丘小学校排水管布設工事二工区、田面木都市下水路築造工事三工区、旭ケ丘団地市営住宅第二種耐火三階建て本棟建築工事等を受注しております。このいずれの工事においても適正に施行されており、指名業者として適格性を欠くものとは認識していないところでございます。 以上です。
三十四番(岩織政美君)
(前略)ひばりの里問題で再質問します。 今の市長の答弁で、市長の言ったことが、そのまま私のメモで間違っていなければ──一つは、市長は平成三年十一月に辞任した、述べたと私はメモしました。もしこれが、このとおりであれば、満二年間、在任したことになるわけですね。この平成三年十一月、このとおりであればですよ、市長──この間に起きた問題と市長は一体どういうかかわりが出てくるのかということになるわけです。あくまで理事としての中里信男です。 小幡建設がケアハウス予定地を仮差し押さえ命令を出させたのが、平成三年八月二十七日です。そして同日──これも私の疑問になるわけですが、全く同じ八月二十七日に内容証明付の三千万円返済催告書を初めて前田勇氏に送っているんです。この時間的な経過を考えれば、私は、先に仮差し押さえの手続をしてから内容証明を送っただろうと見ざるを得ないんです。事実は違うかもわかりませんが、一歩下がっても全く同じ時間に、こういうことをしている。ということは、内容証明で送ったというのは、この手始めですから、それまでは、小幡建設はそこまで考えておらなかったんです。私はそう推察する。 しかし、先ほど言ったように、大手ゼネコンのT建設が入ってきて、当初ケアハウスの本棟工事を請け負うだろうと思っておったら、それができなくなったということで、それであれば重ねての三千万円の問題がふいになるということで、急遽予定地の仮差し押さえ設定の手続をした。しかし、それだけではだめなので、催促したという事実がなければならないんですから、内容証明の返済催告を前田勇氏に送った。そこで、その書類を同時につくった、私は、こう見る。こういうことがあるわけですが、一つは、先ほど来言ったように、市長が平成三年十一月まで在任であれば、当然このときも理事であったわけです。そうすれば、私は、その前にやめておったんじゃないかというふうに今の時点まで思っておったわけですから、もし平成三年十一月末まで在任したとあれば、市長は二つの意味で責任があったわけです。 議会に対して四千百十万円の補助金を提案して、議決させておって、それが壊れる事態になって、市長の先ほどの答弁では、行政は個人の借金問題については関与することはないから、何もしませんでしたという答弁が一つ、私はこれは間違っていると思いますが、まずそれが一つ。もう一つは、理事中里信男として、これは、なぜ私はここで言うかと言えば、この三千万円に絡む仮差し押さえに至った責任を前田勇氏は問われて、理事解任、解職になっているんですから、当然理事である中里信男個人も、その理事会の検討にあずかっていたことになるんです。どうして仮差し押さえになったのか。もちろんそれは、ひばりの里以降ではないですよ。以降ではないけれども、しかし、そのことが理事の一メンバーである前田勇氏がやったことについて、理事会が後で責任をとっているわけですから、それに対して、理事に在任であれば、当然それについて一理事として意見を述べる機会はあったことになるわけです。このことについて、市長はどう思うのか。 行政として介入をすべきではないと判断した。これについて述べます。 これは、県の秋田谷当時生活福祉部長の対応と違うんです、市長。議事録で示します。当時、この問題があった日、平成三年の、差し押さえが市から報告を受けた後の県の所管の常任委員会、野沢剛委員がこの問題を触れて、取り上げているんです。その中で、秋田谷生活福祉部長は、こう述べている。前段は省略しますが、「新聞の報道にもあるとおり、建設予定地が仮差し押さえ処分になっているが、このことは、最近に至り、市の報告によりわかり、直ちに法人設立代表者に仮差し押さえ処分の解除について指導しているが」、こうあるんです。もちろんこれは前田勇氏のことを指していると思うんですが、県は、このように指導しているんですよ。しかし、市は関与すべきじゃないということで何もしなかった。私は、これは正しくないと言わざるを得ない。 重ねて私の見解を述べるならば、四千百十万円を議会が信頼して議決したんですよ。ケアハウスができる、いいことだろうということで。しかし、仮差し押さえという事実を突きつけられて、これは空中分解する。市長、補正予算をそんなに軽々に議会に出して、はい、失敗したから引っ込めますということをするべきなんですか。私は、そうじゃないと思うんです。 名誉市民の提案の問題もそうです。突如提案して、思うようにいかなければ引っ込めて撤回する。私は、いいかげんなやり方だと言われても、仕方がないんじゃないかと思いますよ。四千百十万円を議会が議決したということは、理事者の対応を信頼して、理解して受けとめて、それを認めたわけです。私も賛成したんです。 しかし、それが予測しない不祥の事態になって使えなくなったから、返上になりました。これは、年度末の決算でそうなったわけでしょう。なぜ四千百十万円を一たん計上して議決したものが、無為になるのかということについて、市長は責任を持って議会に答弁しなきゃならないんですよ。そうじゃないですか。そうすれば、そういう事態を回避するために理事者として全面的に全力を注いで、打開のために努力すべきじゃないですか。市が補助金を出していない、全く民間の工事であれば別ですよ。国、県にあわせて、市が応分の補助金を設定したんですから。それが壊れても、市は知らぬ。四千百十万円使えなくなったから、これは返上させていただきます。私は、ここにも中里市政のやり方のまずさがあると思うんです。一面で言えば、市民に対して、不十分な行政の対応をしている。議会に対しても不十分な提案をして、不十分な経緯でもって責任逃れをするんじゃないか。どうして県が指導しておるという立場をとっているとき、市ができないんですか。このことについてももう一度答弁を願います。 それからもう一点、信用度の問題です。市長が今述べた信用度は、あくまで市が発注させた工事のできばえについての信用度だけで終わりました。それ以外のことは触れません。しかし、信用度というのはそんなものですか、業者の信用度は。私は、そういうものだということは、今までうかがったことはありません。市の発注工事であろうと、民間の工事であろうと、健全な業務を遂行しているということが前提になっているんじゃないですか。
2008年9月2日火曜日
藤川優里市議のよわった、困った、日和下駄のオンブズ達7
平成 5年 9月 定例会-09月14日
岩織政美市議の会議録 続
第四点、O建設の信用度について。 八戸市の請負工事等の競争入札参加者の資格に関する規則の第八条、指名競争入札の参加資格者の規定では、第一に信用度を掲げ、これに留意して指名しなければならないとしております。ひばりの里問題から是川ケアハウス問題に関して、直接業者としてかかわってきた小幡建設は、六月定例議会でも触れたように、三千万円の貸借問題で前田勇氏を訴訟に持ち込み、八戸地裁での第一審判決では、前田勇氏が破れ、なお、係争中であります。 詳細に述べる時間はありませんが、前田氏の抗弁内容は別として、第一審法廷での小幡建設社長の陳述記録を客観的に受けとめてみて、その内容と経過について事実に基づかないと思われる表現、明らかに事実を曲げている表現、不自然な対応と思われる表現があり、訴訟争点の一つである、ひばりの里建築工事代金四億九千八百万円の見積もり根拠に重大な虚偽があるのではないかと思われるのであります。 例えば平成四年十二月七日付、小幡正宣本人調書で、裁判官の質問に、こう答えています。「本件工事代金の最初の見積もり額は五億円近い金額で、それよりも安いということはありませんでした。それに対して、愛桂会から高いのでまけるようにと言われたので、二千万円近い値引きをして四億七千万円前後になりました。ところが、現地に行ってみたら他の業者の行った基礎工事が不十分で、くい打ち等の工事が必要だったので見積もりをし直しました。そうして出た金額が四億九千八百万円です」。 このわずか六行の陳述に対して指摘しなければならない点は、第一に、前田勇氏が当初小幡建設と話し合った工事費は四億五千万円であって、五億円という金額ではなかったこと。第二に、小幡建設が、ひばりの里建設に関して前田勇氏に貸した三千万円の返済見込みが明確でない中で、法人組織が善光会から愛桂会にかわったとしても、施設運営当事者となる愛桂会に対して三千万円の返済問題について全く話し合うことなく、二千万円近い値引きだけを承諾しているという理解できないやりとりであること。第三に、直接増額の根拠となっているところの「現地に行ってみたら他の業者の行った基礎工事が不十分で」云々について、まず、ここで言う他の業者とはだれのことか。造成工事を施行した業者は二名であるが、基礎工事ではないし、小幡建設から造成工事の仕上がりについて、当時何らの問い合わせもなかったことは明らかである。基礎工事を施行した他の業者とは存在しないと言わざるを得ないのである。次に、現地に行ってみたら地盤の軟弱さがわかったので、くい打ちが必要で、見積もり直しをしたということは、当初の見積書を作成するに際して、現地を知らないままに積算をしたということになります。 岩沢測量の作成した当該地の図面が手渡されてあり、それを見れば造成工事後の仕様が明白であります。その図面によれば、傾斜面を切り土と盛り土で平地にしたもので、盛り土面積は、ひばりの里建屋の半分を占めるほどの割合であることが明らかであり、これを知らずに工事見積書を作成したとすれば、全く理解のできない、ずさんな見積もりと言わねばなりませんし、業者たる資格を問われます。逆に、承知していて作成したとすれば、この陳述は虚偽の陳述であり、重大な責任が生じてまいります。 他の陳述でも、事実をわざと曲げているところもありますが、それは割愛するとして、この三千万円に関して、四億五千万円の工事代金に含まれるという覚書も、領収証も存在しないままに返済を迫られた前田勇氏は、次に是川ケアハウス建設を具体化する中で、再度小幡建設に発注して三千万円の返済を解決しようとしたところ、横からゼネコンのT建設が介入し、小幡建設が除かれる事態となったために、小幡建設が仮差し押さえを行い、是川ケアハウスの挫折に至らしめたのであります。 これらの経過を見るとき、多額の借金とともに、ひばりの里用地と合わせて、合計九万八百七十平米の土地全部を失う羽目に追いやられた一市民、前田勇氏の苦境に対して、これに大きくかかわり、事実に基づかない法廷陳述で糊塗しようとする小幡建設のあり方は、当市の指名競争入札参加資格の信用度を著しく損なっているものと指摘せざるを得ません。よって、同業者の指名入札参加について、しかるべき措置をとることを求めるものでありますが、市長の見解はいかがでありますか、明快な答弁を求めます。 以上で質問を終わります。 〔三十四番岩織政美君降壇〕(拍手)
市長(中里信男 君)岩織議員にお答えを申し上げます。(中略)
次に、ひばりの里問題でございます。市長の理事就任、辞任の経過、だれからどのように勧められ、就任したのか。また辞任の経過はどうか、こういうことであります。 要介護老人の家庭復帰を支援する中間施設である老人保健施設を設置したいとして、当時の社会福祉法人愛桂会の理事長佐々木先生、副理事長前田勇氏から理事就任の懇請がありました。そこで、老健施設は、お年寄りの面倒を見てくれるありがたい施設でございますので、私で何か役立つことでもあればという心境で、六十三年八月、理事をお受けいたしました。その後、平成元年十一月、市長就任に伴いまして、その時点で、私のこれまで関係してきた各種団体、会社等の役員をすべて辞任したい旨の意思をそれぞれに要請をいたしました。法人愛桂会理事辞任も同様でありましたが、法人側の事務手続が遅延し、書類上は平成三年十月の辞任となったものであります。 なお、その間、二度にわたり、ひばりの里の事務長より手続が遅延しておって申しわけない旨の釈明も受けておりました。 次に、是川ケアハウス問題での市の対応について、助役等を出張させて直接国に働きかけさせるに至ったその理由、経過及びそのときの厚生大臣の対応はどうであったか。また、地元小幡建設の仮差し押さえが判明したケアハウス計画が挫折することが明白になった時点で、小幡建設に対して打開のための努力を市として行ったのかどうか、こういう内容でございました。 助役の出張につきましては、平成三年十二月定例議会の一般質問で私から、また決算特別委員会で関係部長等から岩織議員にいろいろ御答弁申し上げているところであります。ケアハウスは、長年にわたり、市民待望の施設であることから、その実現を図るため、重点事業に取り上げている特別養護老人ホームの整備、長生園改築にあわせて、助役、福祉課長を上京させ、厚生省大臣官房老人保健福祉部長に会って陳情させたところでございます。 小幡建設の仮差し押さえについては、当事者間の債権債務の問題でございまして、行政が関与すべきことではないと理解をいたしております。したがいまして、関与いたしませんでした。 次に、右翼問題でございます。六月定例会で傍聴人から背任横領という言葉が発せられたが、その後、市長はどのように対応したのかという内容でございました。 市政を論ずる神聖な議場内において、傍聴人からあのような暴言が発せられたことについては、お互いの名誉にかかわることでもありまして、強い義憤を覚えたところであります。検討の上、しかるべく対応してまいりたいと答弁いたしたところでありました。手段として名誉棄損の告訴も考えられましたが、あのような多人数で騒然たる中、事実無根の暴言を発した相手を正確に特定することは困難なこともありましたが、議場の秩序を乱し、会議を妨害し、事実無根の暴言を吐いたことは、警察当局も事実関係を知っており、傍聴人の一人を逮捕に踏み切り、送検されたという経緯がありましたので、私は告訴することを見合わせてまいったのであります。そして六月定例会最終日に閉会のあいさつの中で、議会並びに本職を冒涜し、市民の皆様に不安を与えたことは、まことに遺憾である旨を表明したところであります。 さらに右翼問題につきまして、右翼が選挙に向けて来るというんだが、それを来ないようにするために金で解決しておるのではないか。二億円にも及ぶと聞いておるというニュアンスの御発言であります。(「そうは言っていません」と呼ぶ者あり)もしそう言うておりませんでしたら、二億円という話も出ましたし、私は、一切そのことには関知いたしておりません。そう申し上げておきます。 続
岩織政美市議の会議録 続
第四点、O建設の信用度について。 八戸市の請負工事等の競争入札参加者の資格に関する規則の第八条、指名競争入札の参加資格者の規定では、第一に信用度を掲げ、これに留意して指名しなければならないとしております。ひばりの里問題から是川ケアハウス問題に関して、直接業者としてかかわってきた小幡建設は、六月定例議会でも触れたように、三千万円の貸借問題で前田勇氏を訴訟に持ち込み、八戸地裁での第一審判決では、前田勇氏が破れ、なお、係争中であります。 詳細に述べる時間はありませんが、前田氏の抗弁内容は別として、第一審法廷での小幡建設社長の陳述記録を客観的に受けとめてみて、その内容と経過について事実に基づかないと思われる表現、明らかに事実を曲げている表現、不自然な対応と思われる表現があり、訴訟争点の一つである、ひばりの里建築工事代金四億九千八百万円の見積もり根拠に重大な虚偽があるのではないかと思われるのであります。 例えば平成四年十二月七日付、小幡正宣本人調書で、裁判官の質問に、こう答えています。「本件工事代金の最初の見積もり額は五億円近い金額で、それよりも安いということはありませんでした。それに対して、愛桂会から高いのでまけるようにと言われたので、二千万円近い値引きをして四億七千万円前後になりました。ところが、現地に行ってみたら他の業者の行った基礎工事が不十分で、くい打ち等の工事が必要だったので見積もりをし直しました。そうして出た金額が四億九千八百万円です」。 このわずか六行の陳述に対して指摘しなければならない点は、第一に、前田勇氏が当初小幡建設と話し合った工事費は四億五千万円であって、五億円という金額ではなかったこと。第二に、小幡建設が、ひばりの里建設に関して前田勇氏に貸した三千万円の返済見込みが明確でない中で、法人組織が善光会から愛桂会にかわったとしても、施設運営当事者となる愛桂会に対して三千万円の返済問題について全く話し合うことなく、二千万円近い値引きだけを承諾しているという理解できないやりとりであること。第三に、直接増額の根拠となっているところの「現地に行ってみたら他の業者の行った基礎工事が不十分で」云々について、まず、ここで言う他の業者とはだれのことか。造成工事を施行した業者は二名であるが、基礎工事ではないし、小幡建設から造成工事の仕上がりについて、当時何らの問い合わせもなかったことは明らかである。基礎工事を施行した他の業者とは存在しないと言わざるを得ないのである。次に、現地に行ってみたら地盤の軟弱さがわかったので、くい打ちが必要で、見積もり直しをしたということは、当初の見積書を作成するに際して、現地を知らないままに積算をしたということになります。 岩沢測量の作成した当該地の図面が手渡されてあり、それを見れば造成工事後の仕様が明白であります。その図面によれば、傾斜面を切り土と盛り土で平地にしたもので、盛り土面積は、ひばりの里建屋の半分を占めるほどの割合であることが明らかであり、これを知らずに工事見積書を作成したとすれば、全く理解のできない、ずさんな見積もりと言わねばなりませんし、業者たる資格を問われます。逆に、承知していて作成したとすれば、この陳述は虚偽の陳述であり、重大な責任が生じてまいります。 他の陳述でも、事実をわざと曲げているところもありますが、それは割愛するとして、この三千万円に関して、四億五千万円の工事代金に含まれるという覚書も、領収証も存在しないままに返済を迫られた前田勇氏は、次に是川ケアハウス建設を具体化する中で、再度小幡建設に発注して三千万円の返済を解決しようとしたところ、横からゼネコンのT建設が介入し、小幡建設が除かれる事態となったために、小幡建設が仮差し押さえを行い、是川ケアハウスの挫折に至らしめたのであります。 これらの経過を見るとき、多額の借金とともに、ひばりの里用地と合わせて、合計九万八百七十平米の土地全部を失う羽目に追いやられた一市民、前田勇氏の苦境に対して、これに大きくかかわり、事実に基づかない法廷陳述で糊塗しようとする小幡建設のあり方は、当市の指名競争入札参加資格の信用度を著しく損なっているものと指摘せざるを得ません。よって、同業者の指名入札参加について、しかるべき措置をとることを求めるものでありますが、市長の見解はいかがでありますか、明快な答弁を求めます。 以上で質問を終わります。 〔三十四番岩織政美君降壇〕(拍手)
市長(中里信男 君)岩織議員にお答えを申し上げます。(中略)
次に、ひばりの里問題でございます。市長の理事就任、辞任の経過、だれからどのように勧められ、就任したのか。また辞任の経過はどうか、こういうことであります。 要介護老人の家庭復帰を支援する中間施設である老人保健施設を設置したいとして、当時の社会福祉法人愛桂会の理事長佐々木先生、副理事長前田勇氏から理事就任の懇請がありました。そこで、老健施設は、お年寄りの面倒を見てくれるありがたい施設でございますので、私で何か役立つことでもあればという心境で、六十三年八月、理事をお受けいたしました。その後、平成元年十一月、市長就任に伴いまして、その時点で、私のこれまで関係してきた各種団体、会社等の役員をすべて辞任したい旨の意思をそれぞれに要請をいたしました。法人愛桂会理事辞任も同様でありましたが、法人側の事務手続が遅延し、書類上は平成三年十月の辞任となったものであります。 なお、その間、二度にわたり、ひばりの里の事務長より手続が遅延しておって申しわけない旨の釈明も受けておりました。 次に、是川ケアハウス問題での市の対応について、助役等を出張させて直接国に働きかけさせるに至ったその理由、経過及びそのときの厚生大臣の対応はどうであったか。また、地元小幡建設の仮差し押さえが判明したケアハウス計画が挫折することが明白になった時点で、小幡建設に対して打開のための努力を市として行ったのかどうか、こういう内容でございました。 助役の出張につきましては、平成三年十二月定例議会の一般質問で私から、また決算特別委員会で関係部長等から岩織議員にいろいろ御答弁申し上げているところであります。ケアハウスは、長年にわたり、市民待望の施設であることから、その実現を図るため、重点事業に取り上げている特別養護老人ホームの整備、長生園改築にあわせて、助役、福祉課長を上京させ、厚生省大臣官房老人保健福祉部長に会って陳情させたところでございます。 小幡建設の仮差し押さえについては、当事者間の債権債務の問題でございまして、行政が関与すべきことではないと理解をいたしております。したがいまして、関与いたしませんでした。 次に、右翼問題でございます。六月定例会で傍聴人から背任横領という言葉が発せられたが、その後、市長はどのように対応したのかという内容でございました。 市政を論ずる神聖な議場内において、傍聴人からあのような暴言が発せられたことについては、お互いの名誉にかかわることでもありまして、強い義憤を覚えたところであります。検討の上、しかるべく対応してまいりたいと答弁いたしたところでありました。手段として名誉棄損の告訴も考えられましたが、あのような多人数で騒然たる中、事実無根の暴言を発した相手を正確に特定することは困難なこともありましたが、議場の秩序を乱し、会議を妨害し、事実無根の暴言を吐いたことは、警察当局も事実関係を知っており、傍聴人の一人を逮捕に踏み切り、送検されたという経緯がありましたので、私は告訴することを見合わせてまいったのであります。そして六月定例会最終日に閉会のあいさつの中で、議会並びに本職を冒涜し、市民の皆様に不安を与えたことは、まことに遺憾である旨を表明したところであります。 さらに右翼問題につきまして、右翼が選挙に向けて来るというんだが、それを来ないようにするために金で解決しておるのではないか。二億円にも及ぶと聞いておるというニュアンスの御発言であります。(「そうは言っていません」と呼ぶ者あり)もしそう言うておりませんでしたら、二億円という話も出ましたし、私は、一切そのことには関知いたしておりません。そう申し上げておきます。 続
2008年9月1日月曜日
藤川優里市議のよわった、困った、日和下駄のオンブズ達6
平成 5年 9月 定例会-09月14日
三十四番(岩織政美 君)一九九三年九月定例議会に当たり、日本共産党議員団を代表して質問を行います。(中略)
最後に、ひばりの里等問題について質問します。 さきの六月定例議会において右翼団体の街宣行動と議会妨害が大きく注目されたのでありますが、そのとき問題とされたのが、ひばりの里問題であったのであります。これに関連して、私は中里市長に対して、ひばりの里の元理事としての「中里信男個人ならいざ知らず」と述べ、公職である市長と個人の立場の違いについて触れたところであり、今回は、改めて元理事としての経緯について質問いたします。 御承知のごとく、ひばりの里は、元来、前田勇氏が、みずから福祉施設をつくり、老人福祉事業の一環として社会に寄与したいとの発起により、計画を進めたものであり、善光会という社会福祉法人組織も内定し、メンバーも確定して県の内示も受けてあり、その一員としては、元八戸市民生部長であった故品田裕教氏も加わっておったのであります。ところが、佐々木泌尿器科院長の理事長就任が内定するに伴い、愛桂会なる名称に変更され、理事メンバーもほとんどかえられ、前田勇氏が副施設長・理事という実権の伴わない役職につけられ、その後、解職、解任させられたのであります。 この新たな法人組織、愛桂会の理事として、中里市長あなたも当初から一定期間、就任していたのでありますが、その就任に至る経過及び市長当選後に辞任するまでの経過について、まず明らかにしていただきたい。 第二点、是川ケアハウス問題での市の対応であります。これに関しては、平成二年十二月定例議会と同決算特別委員会で取り上げてきたのでありますが、改めて触れてまいります。 ひばりの里が実現しながら、みずから実権の伴わない一理事としての立場に置かれ、悩みながらも当初から描いていた福祉総合施設構想の一つである軽費老人ホーム、これには薬草園、農園、花壇、ゲートボール場なども付随して考えられていたものの、具体化に着手し、是川ケアハウスとして申請手続を進め、厚生省の補助対象として決定され、市の補助金四千百十万円も平成三年九月補正で議決されるという状況にまで進んでおったところ、巷間に政治家、企業などの疑惑を指摘する文書が配布されたのであります。そして私の調査により、ケアハウス設立予定地に仮差し押さえが設定されていること、過少面積に分割登記されていることが判明、これによりケアハウス建設が不可能となったことは既に各位御承知のとおりであります。 このケアハウス建設をめぐる一連の経過の中で、市が直接かかわったのは県への書類手続等でありますが、それ以上に大きい動きであったのは、平成二年八月二十七日と二十八日に、須藤助役が市担当課長を連れて、当時の津島雄二厚生大臣を訪ね、是川ケアハウスの計画承認を直接要請し、内諾を得てきたこと。さらにその結果を持って、是川ケアハウスの立地に渋っていた県当局に対して、強く採択を迫ってきたという事実であります。そのとき、市内の他団体から同様にケアハウス建設の要望と陳情が出され、競合していたことは御承知のとおりであります。 そこで質問ですが、市長が須藤助役らを出張させて直接国に働きかけをさせるに至った、その理由と経過はいかなるものであったのか。そのときの厚生大臣の対応も含めて明確に示していただきたい。 また、地元小幡建設の仮差し押さえが判明し、ケアハウス計画が挫折することが明白となった時点で、佐々木泌尿器科院長とも親しいと言われている小幡建設に対して、打開のための努力を市として行ったのかどうか。それとも全く打開の努力をしなかったのかどうか、これも明確に示していただきたい。 第三点、右翼問題と市長の対応であります。 六月定例議会の折、不当な行政介入を行い、議会審議の妨害行為を行った右翼団体天聲連合会は秋にも来ると言っていたのでありますが、目下のところ、その動きは見えないままであります。 当時、中里市長は議会傍聴席にいた右翼集団から、背任横領罪だという言葉を投げつけられ、これに関する私の質問に対して、背任横領──「これは名誉にもかかわる問題でございます。したがいまして、このことについては当局ともいろいろ詰めてまいりたい。その上で対応してまいりたい、こう考えております」と答弁しておりました。 十月市長選を前にして、この九月定例議会は中里市長にとり、最も重要な議会の一つであろうと思われますが、目下、右翼団体が見えていないということは、何らかの和解、妥協の交渉でもあったのかと推測されるところであります。そして、これは中里市長が御存じかどうか。私に聞こえていることは、ひばりの里問題に関して、攻撃の対象とされてきた当事者と右翼集団の間で、金銭を介在させての和解のための話し合いがなされているということ、その金額も二億円程度から三億円と言われ、その間に某政治家も関与しているということであります。このことが事実かどうか確定できませんが、私なりの複数の情報では一致しておりますので、根拠のない話ではなかろうし、現に右翼団体の行動が静まっていることは、そのことを裏書きしているのであろうとも推察されます。 さて、その当事者間の話し合いはそれとして、中里市長みずから右翼のビラに名を挙げられ、背任横領罪と公の場で叫ばれたことに対するみずからの対応については、その後どのようなものであったのか、改めて示していただきたい。 続
三十四番(岩織政美 君)一九九三年九月定例議会に当たり、日本共産党議員団を代表して質問を行います。(中略)
最後に、ひばりの里等問題について質問します。 さきの六月定例議会において右翼団体の街宣行動と議会妨害が大きく注目されたのでありますが、そのとき問題とされたのが、ひばりの里問題であったのであります。これに関連して、私は中里市長に対して、ひばりの里の元理事としての「中里信男個人ならいざ知らず」と述べ、公職である市長と個人の立場の違いについて触れたところであり、今回は、改めて元理事としての経緯について質問いたします。 御承知のごとく、ひばりの里は、元来、前田勇氏が、みずから福祉施設をつくり、老人福祉事業の一環として社会に寄与したいとの発起により、計画を進めたものであり、善光会という社会福祉法人組織も内定し、メンバーも確定して県の内示も受けてあり、その一員としては、元八戸市民生部長であった故品田裕教氏も加わっておったのであります。ところが、佐々木泌尿器科院長の理事長就任が内定するに伴い、愛桂会なる名称に変更され、理事メンバーもほとんどかえられ、前田勇氏が副施設長・理事という実権の伴わない役職につけられ、その後、解職、解任させられたのであります。 この新たな法人組織、愛桂会の理事として、中里市長あなたも当初から一定期間、就任していたのでありますが、その就任に至る経過及び市長当選後に辞任するまでの経過について、まず明らかにしていただきたい。 第二点、是川ケアハウス問題での市の対応であります。これに関しては、平成二年十二月定例議会と同決算特別委員会で取り上げてきたのでありますが、改めて触れてまいります。 ひばりの里が実現しながら、みずから実権の伴わない一理事としての立場に置かれ、悩みながらも当初から描いていた福祉総合施設構想の一つである軽費老人ホーム、これには薬草園、農園、花壇、ゲートボール場なども付随して考えられていたものの、具体化に着手し、是川ケアハウスとして申請手続を進め、厚生省の補助対象として決定され、市の補助金四千百十万円も平成三年九月補正で議決されるという状況にまで進んでおったところ、巷間に政治家、企業などの疑惑を指摘する文書が配布されたのであります。そして私の調査により、ケアハウス設立予定地に仮差し押さえが設定されていること、過少面積に分割登記されていることが判明、これによりケアハウス建設が不可能となったことは既に各位御承知のとおりであります。 このケアハウス建設をめぐる一連の経過の中で、市が直接かかわったのは県への書類手続等でありますが、それ以上に大きい動きであったのは、平成二年八月二十七日と二十八日に、須藤助役が市担当課長を連れて、当時の津島雄二厚生大臣を訪ね、是川ケアハウスの計画承認を直接要請し、内諾を得てきたこと。さらにその結果を持って、是川ケアハウスの立地に渋っていた県当局に対して、強く採択を迫ってきたという事実であります。そのとき、市内の他団体から同様にケアハウス建設の要望と陳情が出され、競合していたことは御承知のとおりであります。 そこで質問ですが、市長が須藤助役らを出張させて直接国に働きかけをさせるに至った、その理由と経過はいかなるものであったのか。そのときの厚生大臣の対応も含めて明確に示していただきたい。 また、地元小幡建設の仮差し押さえが判明し、ケアハウス計画が挫折することが明白となった時点で、佐々木泌尿器科院長とも親しいと言われている小幡建設に対して、打開のための努力を市として行ったのかどうか。それとも全く打開の努力をしなかったのかどうか、これも明確に示していただきたい。 第三点、右翼問題と市長の対応であります。 六月定例議会の折、不当な行政介入を行い、議会審議の妨害行為を行った右翼団体天聲連合会は秋にも来ると言っていたのでありますが、目下のところ、その動きは見えないままであります。 当時、中里市長は議会傍聴席にいた右翼集団から、背任横領罪だという言葉を投げつけられ、これに関する私の質問に対して、背任横領──「これは名誉にもかかわる問題でございます。したがいまして、このことについては当局ともいろいろ詰めてまいりたい。その上で対応してまいりたい、こう考えております」と答弁しておりました。 十月市長選を前にして、この九月定例議会は中里市長にとり、最も重要な議会の一つであろうと思われますが、目下、右翼団体が見えていないということは、何らかの和解、妥協の交渉でもあったのかと推測されるところであります。そして、これは中里市長が御存じかどうか。私に聞こえていることは、ひばりの里問題に関して、攻撃の対象とされてきた当事者と右翼集団の間で、金銭を介在させての和解のための話し合いがなされているということ、その金額も二億円程度から三億円と言われ、その間に某政治家も関与しているということであります。このことが事実かどうか確定できませんが、私なりの複数の情報では一致しておりますので、根拠のない話ではなかろうし、現に右翼団体の行動が静まっていることは、そのことを裏書きしているのであろうとも推察されます。 さて、その当事者間の話し合いはそれとして、中里市長みずから右翼のビラに名を挙げられ、背任横領罪と公の場で叫ばれたことに対するみずからの対応については、その後どのようなものであったのか、改めて示していただきたい。 続
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