2008年7月9日水曜日

三日町交流センターは本当に市民のためになるのか3


昨日は羽仁もと子の遺徳に触れたが、今日は西有穆山だ。この人は自分がつけた妙な名前で損をする。それは、宗門の長を決める選挙で、穆山の名前が書きにくいことで選挙からもれたそうだ。これは西有研究家の弁。
 さて、西有穆山(にしあり・ぼくざん)のことについて簡単に記す。文政4~明治43(1821~1910)
三戸郡湊村(八戸市湊町本町)の生まれ。俗姓笹本万吉、豆腐屋の倅。諱(いみな・忌み名に同じ、死後にいう生前の実名)は瑾英(きんえい)、号(ごう・学者・文人・画家などが、本名のほかに用いる雅名)を穆山。天保四年八戸市類家、曹洞宗長流寺で金竜和尚のもとで剃髪(ていはつ・髪を剃って仏門に入る)、十三歳。名久井法光寺、仙台松音寺で10余年の修行の後、禅門の巨匠小田原海蔵寺、月潭和尚のもとに弟子入り、前後12年修行。火災で焼け果てた能登、大本山総持寺の再建を誰に頼むかと、宗門が困難を打破できる人材を選挙で求めた折、万票を獲得したのが西有穆山、明治34年81歳。後、永平寺管長にも就任。
 西有穆山の素晴らしいのは、長年芽がでない。静岡の古刹(こさつ・古く由緒ある寺)で開祖道元が著した「正法眼蔵」(しょうぼうげんぞう)の研究家として第一人者だが、宗門の長への声がかからない。ところが、81歳でお声がかかった。それが焼け跡に一本の杭もないという大惨事にだ。
 明治24年に東北線は開通するも、能登の本山は遠い。本山は永平寺と思う人もあるだろう。実は曹洞宗は一枚岩ではなく、永平寺と総持寺が両立している。共に本山で、西有穆山は両方の長となった。西有が八戸中学(八高)に来て講演。81歳の花婿が出たようなものだ、諸君は政治家になる人達だ。81になった私に白羽の矢がたったとき、面倒だから嫌だとも言える。しかし、いいか、南部の人間は火急存亡(かきゅうそんぼう・火が燃え広がり存在することが難しくなる)の折、後ろは見せない。これが南部人の魂だと教えた。
 八十一(やそひとつ)百にもならぬ小遣いで、能登へ行くとは気の強い旅。西有が詠んだ狂歌だ。杖を頼りに西有は能登へ再建のため足を運ぶ、81歳のご高齢だぞ。
 誰が喜び勇んで行くものか、しかし、困難に後ろを見せないのが八戸の衆だぞ、八戸人の魂だぞと西有は己が背中で見せた。そして90歳で亡くなった。
 西有が八戸に建てた寺が、小中野の常源寺、糠塚の光竜寺、そして横浜の西有寺だ。この横浜の寺は、商業都市横浜に、是非、西有に来て、教化して欲しいと檀家が建てたてた。
 その西有穆山の没後百年が来年だ。八戸市政80周年と重なる。さて、この西有穆山の部屋も欲しくないか、81歳で腰を上げる魂を戴きたくないか。筆者もデカイ口をきいて歩くが、81まで生きている保証もない。生きていてもこの巨大な魂を持てるのだろうか。誰も出来まい。その遺徳を偲ぶこともない我々は、大事なことを忘れてはいないか、粗末にしていないのか。
 この西有穆山の遺徳に感銘し、京都の産、無一文で八戸に来て、屈指の資産家になられた武輪水産会長、武輪武一氏は、西有穆山の記念館が建つ時は一肌脱ぐと言われる。先頭に1が来て、後ろに0が幾つあるかが問われるが、人情家の武輪会長だ、百万や一千万じゃない。巨額な金を惜しげもなくポンと投げられるだろう。八戸市はその恩顧に応えろ! 市長自らご高齢の武輪会長を訪問し、礼を述べるだけでなく、その好意に対して応分な処遇を考えろ。それが人の道だ。
 人は死んで冥土に金は持っていけない。金は有効に使うべきだ。まして、八戸市に寄付できるも、これもまた喜びだ。だが、貧乏人はできない。巨万の富を持つからこそ許される芸当なのだ。
 八戸にはこうした隠れた徳を持つ方が幾人もおられる。それを知らないだけなのだ。今こそ、小林市長の思い、八戸中心街を活性化したい、それにはシンボルタワーが欲しい、それが、交流センターだ。
 さすれば、西有穆山を顕彰する部屋が必要だ。景気後退で人心は疲労困憊の極みだ。だからこそ、先人の智慧を戴け。西有穆山の宗門から開館日に檀家を集めていただく、その数が三千人。さらに生きている宝がいる。それは三浦哲郎だ。林芙美子記念館が東京、新宿落合に建つ。彼女の住居だった所だ。昨年末から筆者が四ヶ月の放浪をした時、広島、尾道に行った。そこは林のゆかりの地だ。そこに林芙美子喫茶室があった。広島県人は林を大事にしている。死して後もこれだ。我々はどうだ、三浦氏の友人も沢山おられる。最近、三浦文学碑の建立がなされた。しかし、友人、知人は出席されたが、肝心要の三浦氏の姿はなかった。
 三浦氏も人間、寿命の尽きる日も来る。だが、生きておられる今こそ、彼の偉大な才能を、いまいちど評価する部屋があっていいだろう。林を愛する広島県人と同様に、我々も三浦氏を誇りに、そして敬愛するべきだ。
 開館当日は三浦氏を故人となられた偉人、先人の代表として、南部の魂を未来永劫消さない、絶やさない証として、彼から祝辞を貰おう。我等八戸人は、不屈の魂を持つ者の集合なのだとの、煮えたぎる熱い魂を更に掻き立てるような言葉を。
 八戸図書館はかつて、郷土の偉人を本にされた。今から三十年も前、小瀬川氏が館長だった頃だ。その本は西有穆山、羽仁もと子、北村益、江渡狄嶺(えとてきれい)等だ。三十年前、一世代前の八戸人は偉人を知っておられた。ところがどうだ、その後伝える努力を怠って、現今の若者は偉人の存在すら気付かない。
 それは若者の側に問題があるのではない。若者を指導できなかった筆者世代の怠慢のせいだ。勘弁してくれ。私達が間違っていた。前非を悔い、今こそ力を出し、交流センターでそれを伝えたい。
 羽仁もと子で動員二万六千人
 西有穆山で三千人
 三浦哲郎で千人
 合計四万人 筆者の大風呂敷の十分の一でも四千人。それが三日町の大通りを埋める瞬間を想起せよ、どうだ、見事だろう。ホラや大風呂敷はこうして拡げる。
 担当課長も前非を悔いろ。そして、設計図を書き直せ、予算が足らずば、筆者が各課を廻って、余分を削り四千万でも五千万でも捜してくる。決して見殺しにはしない。

2008年7月8日火曜日

7月8日の八戸市役所の出勤状態報告


昨7日に市役所に出向いた。開示請求を業務開始の8時15分にすませたかった。次に行く予定のため。ところがA部長が始業3分前に来た。号令をかける人間が3分前はなにごとだと筆者に号令をかけられた。
 西副市長に綱紀がゆるんでると伝達。綱はおおづな、紀はこづなで共に縛る意味。そこで明朝は怠慢者のチェックだと人事課に申し入れ。7時45分から三脚の上にカメラを構えて見張りだ。5分前に入れない職員が31名。だが、これは目視できた範囲。実は役所に入るには地下の職員会館、新館の裏口と見えない入り口がある。
 さて、問題になるのはどうして始業5分前に入ろうとしないのか。それには理由あり。タイムカードがない。出勤簿もない。どうしているかと言えば、所属の長が目視して来たのを確認だと。零細企業か? 市役所は。
 すると3分前に筆者の前を歩いて行ったB課長は当然自分の席につくのは始業時間。管理する側がそれじゃ管理されている側に廻るぞ。
 これが、それだ。1・2・3
 西副市長は時々とぼけるが、今回は各課にその旨が伝わった。が、この有様だ。まあ、いいかという数字でもあるが、市役所職員平均給料は年額626万円、水道企業団はもっと高く713万円。
 これが安いか高いかは個々人の感覚の問題。至当な金は貰え、ただし本当に八戸市民のために働くなら。働く人間はダラダラ、ノタノタ来るな。
 更に自転車置き場は職員が占拠、ここは市民のための駐輪場。職員は立体駐車場に置き場を求め、有料で自転車を停めよ。いつ来ても駐輪場に空いてる場がない。その理由がこれだ。庁舎管理部門はもたれあいをするな。泥棒が泥棒捕まえるような話だ。
 そうそう、A部長は十五分前に入った。早いですねと声をかけると、天を指差して、気持ちがいいもんですね。
あ?

三日町交流センターは本当に市民のためになるのか2



さて、死人を生かせと書いたが、彼等、彼女をどう生かせと言うのか。それは、八戸人の誇りである先人・偉人を子々孫々まで伝えることだ。
 八戸の宝は蕪島や、種差海岸だけではない。観光客は一度来れば二度足を運ぶことはなかろう。我々とてそうだ。あなたは今年何度、蕪島のうみねこを見に行かれましたか? 結句、それなのだ。三年前に行ったかしら程度でしかない。すると、これは訪問を反復させる要素ではないということだ。
 毎年白浜海水浴場は若い人を中心として賑わう。明治18年、日本初の海水浴場が大磯に誕生してから、幾世代に渡り、若者を集めつづけている。爺・婆は海水浴には行かない。何故? 体が欲しないから。若者は冬でもアイスを食べる。体が要求する。たまに老人で食う人を見るが、大体肝炎患者だ。若者が集まる場、老人が集まる場、観光客を寄せられる場と役割は色々あるが、交流センターは何を狙っているのか。観光客にがらくたパネルで種差海岸の写真を見せるのか? 大方は見たあとだろう。
 観光客はまっしぐらに目指す場所にでかけて、それから買い物でもしようかと中心街に出るもんだ。さいしょから街中散策なら、居住する地区の繁華街に出る。つまり、観光施設を街中にもってくる発想が間違い。すると地域交流センターなら、町の駅というヘンテコな場所があり、これに役所は金を出したが、これとて空き店舗の活用で、本気で役所が巨額な金を投入し、その大型版を創る必要性がない。
 本来は年間42万人が利用する八戸図書館を上階に据えるのがいい。一日1150人は必ず来る。これを提案したら、国から金を引っ張りだすには図書館ではだめだという。
 小林市長に問う、中心市街地の地価の歯止めに此処を買われたという。もし、人々を集めるだけの力がこの館になければ、空洞化を更に推し進めることになる。車社会の現今、30分も走れば隣町のイオンに行ける。そんな中、果たして今のような、国の金欲しさで、市民が欲していないような建物を作るのが正しいのか。
 何かをしなければならない焦りは分かるが、本当に市民のためになるものなら、誰一人反対する者はなかろう。港の整備に64億、これは海から拓けた八戸の再生で、推進して頂きたい。また、この成功は筆者は確信した。稿を改めてこれは記す。しかし、担当課長が横目で市長を見る、市長は色目で国を見るじゃ、本当に八戸市民が欲する、市街地活性化の実現がなるのだろうか。
 それには開館当日を想像せよ。何のためになるのかわからぬ会館に巨額な費用を投じて建てたが、開館記念の式に参加するのは市民のために働く市長はじめの市側、それと市民のために働かない商工会議所ぐらいだろう。この商工会議所の打つ手打つ手が悪手なのは見たことが無い。他都市の成功例をちょこちょこと修正し八戸でそれを実現というが、八戸のためになるもの以外は長続きしない。まして八戸人は新しい物、目新しい物好き、すぐあきる。商工会議所も自分のことしか考えない。市内の商工業者繁栄の道を探るには、ここも観光協会と同じで会員増強できる者が会頭をするべきだ。靴屋の親父だけに足を棒にしてでも頑張ればいいが、その発想もない気の毒な人物。
 そんな八戸の重鎮が首を揃えた開館式とて、三日もすれば三日町だけに閑古鳥だ。そんなへんてこなものを作るな。八戸の偉人を顕彰する場を一階に設けろ。
 羽仁もと子を崇拝する会員が全国に26万人いる。八戸の人口は二十四万。その八戸市民全員が羽仁もと子を知っているのか? どんな人かも知るまい。ところが全国には心の母とも、生き甲斐を教える師とも仰ぐ26万人がいる。この衆は今の日々を、亡くなった羽仁もと子と共に生きる。それも力強く生きる指針とされる。
 そんな強烈な、輝きを失わない太陽のような人物が八戸から出た。小林市長のことは百年も経てば皆忘れる。羽仁もと子は百年経っても不滅の光を放つ。ここが偉大だ。婦人が社会で活き活きと働く、日々の行動のなかにこそ、自分を磨く道場があると、日々の大切さを説かれた。筆者は己が目で羽仁もと子に触れる機会はなかったが、この偉大な人間が長横町の戸部薬局付近で生まれ、その地を日々散策できることは、八戸人の大いなる幸いなのだ。
と言うのは、羽仁もと子の生誕の地を踏みたい。羽仁の故郷に触れたいと26万人が渇望する。まるで聖地エルサレムのように。この聖地礼拝の心を具現したのが、羽仁もと子記念館だ。熱心な八戸の羽仁もと子崇拝者が中心となり、全国の会員に八戸すき昆布を販売し、その利益を種銭とし、本部、友の会からの応援も得て、八戸沢里の地に羽仁もと子記念館を建てられた。
 偉大な力だ。彼女等には消しても消えない、燃えても燃え尽きない力がある。それを培うのが学校教育の自由学園であり雑誌「婦人之友」だ。女子供とさげすむ言葉がある。女子供は男が身を挺しても守るべき存在だ。
 ところがどうだ、八戸から、かくも偉大な人物が狭隘な八戸では力を発揮できないと東京に飛びだし、新聞記者になった。そして、必死の努力の中28歳で伴侶を得た。そして二人三脚の日々、その努力の結実が死して後も26万人の会員を誇る。
八戸の誰が出来た? 誰がなしえた? この努力の結実、羽仁の魂の故郷、八戸は聖地なのだ。その記念館に八戸市は固定資産税をかける愚行だ。タダにしろ、能のない水道企業団の建物を免税にするから馬鹿なまねをしでかす。八戸市民の、いや、日本人の誇りの羽仁もと子を粗末にすることは、たった一人しかいない母親を殴る行為にも等しい。幼くして母を亡くした子は、どんな母でもいい、生きていて欲しかったと希求する。立派な我等八戸市民の母とも思う人を厚遇せず、誰を処遇するというのか。
 交流センターには羽仁もと子の部屋を設置せよ。彼女は八戸の偉大な母なのだ。それを八戸市民は満足にしらない。遠い日本各地に見たこともない、会ったこともない人々が羽仁もと子を慕う。その人物を八戸人に理解してもらうためにも必要だ。そして、この部屋には会員のかたに常駐願い、羽仁もと子を解説していただこう。
 遇すれば(ぐうする・もてなす)必ず道は開ける。そして、その八戸人の好意に全国26万人を動員して、開館当日は聖地八戸に押しかけてこられよう。それも八戸市が会員の皆様にどうぞおこしくださいと呼びかけてこそ実現する。
 宝は観光地だけではない、偉大な魂を持った人物なのだ。それを活かせるのか、それとも見落としたままにするのか、小林市長の判断を待つ。設計図面は書き直せばいい。そこで2、3千万円余計にかかっても先々の憂いがないことを考えれば安いものだ。金は必要なものには惜しむべきじゃない。

2008年7月7日月曜日

水道企業団、役所の常識、非常識


水道企業団が所有を宣言する内丸の市役所横の建物。ここに、消防本部と北奥羽広域水道サービスという民間会社が入っている。消防本部は官だから家賃が安くても仕方がない。ところが、この民間会社が優遇されている。それは役所に固定資産税がかからないことをもっけの幸い(意外な幸運)として、家屋の消却を考えて家賃を下げに下げた。
そのお値段、年間44万円だぞ。月額だと3万6千円。坪数は165坪。坪当たり221円。昭和4年の話か?違う。平成18年現在、今ならまだ下がっているかもしれん。
これに、腹が立たない人がいたら奇怪だ。馬鹿野郎の言葉はこのためにこそある。白山の山に向かって叫ぼう、返せ北方領土、こんな文句を聞いたことがあるナ。間違えた、最近歳のせいか、すぐ忘れる、すぐ間違える。聞き違いと間違いは世の常、年寄りのせいで勘弁、勘弁、大声で叫ぼう「馬鹿野郎」
 八戸市税の七割を占めるのが固定資産税、これはとりっぱぐれがない。いよいよになったら差し押さえの一手がある。取れないのは国保税、未収が29億ある。これは無い人からは鼻血もでないというやつで、絶対とれない。この話はいずれまとめて見せる。
 その固定資産税を免れていることを利用して、一私企業に利益を供与した。これは不届き、けしからん。けしからん罪があれば検察庁に告発だが、そうしたものはないから、けしからん!
 民法の規定で5年遡って求償させよ。観光協会は商工会議所内にあるが、これもよくよく見ると商工会館となっていて、固定資産税負担部分と減免部分がありそうだ。それでも、観光協会は年間220万円ほど支払っている。北奥羽とは5倍の金額差、面積でいえば猫の額と大仏の額ほどの差がある。これでも、利益を供与してないという水道企業団の頭脳はどうなっているのか、更に奇怪なのは、北奥羽の資本金の85%を水道企業団が握っているそうだ。つまり完全子会社だ。これは違法じゃないのか。これについては詳細調査の上報告。
三日町の戦後の焼け跡バラック建築を記した時、みろく横町の家賃が高いが、固定資産税は安いの? 疑問があったが、それに回答、安い。固定資産税は土地部分と上物に分かれるが、地価はそれほど大きな要素を含まず、上物、つまり建物に幾らかけたかが決め手。その建築費の七割に税率をかける仕組みだから、トタンと板塀しかなければ地価が高くとも大したことはない。家賃が高いのはふんだくられているだけ。
 長者まつりんぐ広場の夕ぐれ市も市は安く貸しているが中間業者が、ああだのこうだのと入会金はとる、高く貸すで、市側が狙っていることから大きく外れている。自分じゃソースも包丁も握らず、ピンハネで食おうとするところに間違いがある。業者よ反省しろ。
 さて、昨日記したように、インドの成功の哲学を披瀝。人生での成功を勝ち取るには、
1 思いを変えよ、今までと違って必ず成功するんだの気概を持てと教える
2 思いが変われば言葉が変わる。成功したいと強く思うと、相手の話にヒントがないかと積極的に聞き、謙虚な言葉が出る
3 言葉が変われば態度が変わる、丁寧な言葉使いになれば、おのずと態度も落ち着いたものになり、人に安心感を与える
4 態度が変わると人の見る目が変わる、同じ人間だが、言葉使い、態度物腰が変わると、あの人は素晴らしい人だと尊敬を集める
5 見る目が変われば、人生は変わる。人が仕事を運んでくるようになり成功を手にすることができる
先ず、今までの自分は間違っていたと思うことだが、これが出来ない。出来ないから変わらない。だから、変わった人間だけが成功を獲得できる。凡人は羨むだけだ。
水道企業団の諸君は先ず思いを変えることから始まる。誰だって成功できるが、きっかけを知らない。それだけだ。それは自分のなかに埋まっているのに。

三日町交流センターは本当に市民のためになるのか1


八戸とは? 根源的命題だ。青森県の南端、イカの町、新産都市だった所、地震が多いなど色々あるが、観光こそすべての総合力という小林市長の思い入れから、観光課長を抜擢したが、46億円を有効利用できるか、ムダ遣いで終わるかの瀬戸際。
 日曜日に集客できないのが、三日町の悩みだ。郊外型の店舗に出店するカネイリは、下田店の書籍は売れているものの、三日町は下降だそうだ。もっとも三日町店は書籍に注力しないせいか、今は三春屋の書籍部に読みたい本が並ぶ。カネイリの奮闘を期待。
 さて、自助努力を重ねる商店主を尻目に、官費で交流センターを建てるが、これが問題だ。すでに基本設計は出来た。6月末の詳細設計が遅れて、今日、7月7日に提出されなければ罰金だ。
 これが出れば全ては終了し、残るのはパネルなどのガラクタをどう並べるか程度の問題しか残らない。筆者が再三、詳細設計が出来上がれば全ては終了で、その前に人を集める仕掛けの偉人・先人顕彰館を検討せよの声を無視。
 観光を中心とする建物、市民の皆様のご意見を承って、それを具体的にしたい、と課長の弁。課長は卓球の愛ちゃんに似ている。人の良さそうな、物腰の穏やかな人だが、気迫、気力に欠ける。歴任の東京事務所長、観光課長は新規事業じゃない。適材適所で、そこでは充分な力を発揮されただろうが、今回は小林市長がすすめる車の両輪110億円の片方、46億円を使う旗頭だ。
 それが市民の皆様のご意見を承りじゃ、寝言は寝てから言え。旗頭は首長が決めた、これを実行したいとの念願を具現化する立場。それには強烈な個性と堅固な信念がなければならない。その信念すらなく、市民のご意見だと? 人を糾合するには信念の旗印が必要だ。その信念もなく、人を糾合できるのか? 集まって来たからこそ、意見が出る。信念は新年おめでとうと訳が違う。
 当然、日当が出る会議も開かれただろうが、論議の果てがこれか? そんな委員だか医院は必要としない。苦言を呈する気概のある人物を選べ。茶坊主を幾ら集めてもおだての言葉しか聞こえない。
 昔から言う、おだてとモッコには乗るなと。モッコは溜に捨てられる病気の人夫などを乗せる藁で編んだ網。溜は非人の溜、これは病気になって人間として役に立たないから非人とされ、捨てられる。それを非人が必死に看病し助かって非人と夫婦になるなんて話が平凡社の本にあった。だからモッコには乗るなと言う。
 口当たりのいい話に酔うな。道を誤るぞ。詳細設計が出来ても、本当に人を集める拠点となるのか。町の駅という伊吉書店救済策のような交流センターじゃどうにもならん。その利用者数などゴミの数でしかない。それを知りつつ同様な大規模な箱を作ってどうするのだ? それが本当に市民の為になるのか? 
 満鉄職員が絶えず胸に置いた言葉が、それが本当に日本国民のためになるのか?だ。全市役所職員に告げる、諸君の動きが本当に八戸市民の為になるのか?を絶えず想起せよ。
 さて、この課長に信念がないなら、補佐する人材を求めよ、若手ではこの課にいる前田氏、公報市民連携の茨島氏、さらに観光課の安原氏。若手に意見を述べさせよ。そして一つひとつに確証を得よ。それを集めて大規模な誰も見たことも無い物を作りあげる。
 筆者が小学生の頃、少年という月刊誌が出来た。それに鉄腕アトムが掲載された。衝撃だった。映画の構成画面と同様なダイナミックなコマ割、見たこともない未来の話、空中を走る道路、それは高速道路として現代にある。手塚治氏の突拍子もない話が具現された。そして漫画は今、世界中からマンガとして、共通語となった。誰が五十年前に、子供が貪って読んだ漫画が、世界語となるなど信じただろうか。人は突拍子もない話を一笑に付す(笑ってとりあげない)。「はちのへ今昔」の表紙には西有穆山が言った言葉を掲げている。世をわたるには馬鹿げたをはくべし。
 これを余人(筆者以外の人)は下駄だと思っている。ところがひらがなになっている所に味わいがある。馬鹿げた話と解すべし。世の中を渡るには先を見通し、人が馬鹿げた話と思えるような未来の話をせよが真意だ。
 八戸の偉人の一人、西有穆山は凄い言葉を吐いた。はくべしは吐くべし。げた、はくと来たので下駄、履くとなった、それは己が教養のなさだ。
 でかい仕事には有能な人材の発掘からだ。人間は目に意思が出る。これら若手の目は透徹する輝きがあるぞ。市長は知るまい。前田氏は前は秘書課にいたので、この人物だけはご存知だ。筆者は各課を横断している。攻め込まれてどう守るか、ここに人間性が出る。そこで誠実に応対できる人物は得難い。まだまだ若手で優秀な人材が市役所にはいる。
 若手を登用しこの難局を抜けるには、三浦哲郎(現存)、西有穆山、羽仁もと子、北村益、安藤昌益らの死人(しびと)の力を借りることだ。その秘策は明日。

2008年7月6日日曜日

八戸図書館は姑婆ァじゃなく虫だった。玉虫色の決着


6月23日掲載の図書館の応対の悪さを嘆いたが、これの結果が出たかと問うと、やはり、中学生のノートのコピーもさせない、積んでおくだけの著作権違反に対応する為の謄写(コピー)申し込み表は必要だ。図書館長はこう断言。
 それなら、教育長に面談すると談じ込んだ。図書館は筆者に感謝こそすれ、余計なことは言えない立場にある。それは空中俯瞰図の一人者、「吉田初三郎と八戸」の特別展覧会が2年前の平成18年7月15日に開催された。
 この特別展に間に合わせるべく、種差観光協会長が、吉田のアトリエが種差にあったことから、吉田が描いたと言われる明治天皇の肖像画を捜すが、発見できない。この話を筆者に持ち込んだのが、豊田みよ市議、それが特別展の開催5日前。もっと早く言えよと不平をもらしたいが、事情を聞いた。この話の詳細は「はちのへ今昔」2006年8月前半号に掲載したので、図書館の郷土資料室で見てくれ。
 市役所の傍に図書館があったころ、明治天皇の肖像画が二階に上がる階段踊り場にかざられていたと、八十過ぎの人々が証言、ところが戦争に負けて、明治天皇の肖像画が行方不明。
 これを捜せというわけだ。図書館職員は市議ごときが言っても動きません。ないの一点張りです。ここは小川さんに捜していただくより外なしとおだてられて吠え方を考えて、色々やったら出た! お化けじゃないが出た。13日の午後2時、噛まれた図書館副館長が捜しに捜した。徹夜してでも捜せと筆者精をつけられた(八戸弁で力をつける意味)からだ。
 14日の新聞にはデカく出た。当然間に合った。これを感謝して、筆者の言うことをきくように迫った? ちがう、図書館には筆者に書かれて困ることが三つある。それを書いてもいいのか? と迫られる訳だ。
 確証がないと書かない。確証があるから役人は近寄らない。いつ吠えられるか、噛まれるかと近寄らない、まるで狂犬だ。それでいい。
 図書館側から二度に渡って謄写(コピーを彼等の用語で謄写)できない説明を受けた。筆者は二度までは説明は聞く。仏の顔も三度とあるが、筆者には二度しかない。偉そうに言うな、お前は仏じゃない? ほっとけだ。その内筆者もお陀仏で仏だ。当然、あの件を忘れていないかと書かれたくない話を持ち出す。役所は筆者が死なない限り安眠できない。市民に役に立つから役所、役所に役に立たないやっかいな代物が筆者だ。それはそうと、昨今開示をかけると、これが噂の「はちのへ今昔」だと、まるでパンダを見るような目をする者がいる。筆者は上野動物園じゃない。ついでに記すが、筆者を恫喝とコメントをいれた人がいた。恫喝が吠える意味なら、間違いない。しかし、恐喝ではない。金品目当てに吠えたことは一度もない。さらに、基本的に筆者からは返事は書かない。何の物言いもOK。だが、女性の陰部の名前を連記するじゃ情けない。問いに対しての答えは必ず本文の中で見せる。それに関係した事柄を持つから、その時にまとめて答える。無視をしているわけではない、筆者の好奇心をくすぐるような書き込みを待つ。
さて、図書館だ。平成20年8月1日から、図書館のコピー機は図書館資料以外は申し込み用紙に記入しなくてもコピーできる。つまり、中学生は友人のノートのコピーは自由になった。料金10円は必要。
 しかし、図書館資料については従前どおりだ。結句、彼等は自分の主張を通しただけ。意地糞悪い姑婆ァが玉虫に変身だ。
変わる世の中、図書館だけは昭和46年の風が吹く。

2008年7月5日土曜日

水道企業団は大きく変われる、その好機こそ今


水道企業団を見てて、彼等はなんとなく、二十年(水道企業団創立以来)を過ごしてきた。それは幹部が意識改革できないまま、市役所から分離独立したことによる。
部下は上司が何を考えているかを直ぐに察知。自分の立場をわきまえて、イエスマンが出る。NGを食らわす奴は憎たらしいからだ。
当然、甘ったるい言葉が幹部の廻りに充満、それが、幹部の身体を蝕む。そして、正しい理解力を破壊。まるで甘いもの、酒の誘惑に勝てない糖尿病患者だ。
これくらいなら、この程度ならと、規律、規範を己が破る。こうなりゃ完全に病気だ。だが、糖尿病と同じで自覚症状がない。これが恐ろしい。
幹部がこれでも、水道企業団の部下職員に自覚が出たので、改善・改革は近い。改善・改革なしに、何の人生か。人生はタダの一度。色々な事象、様々な経験をする場なのだ。その時、右か左を問われる瞬間が来る。
その時が来たと知れば、卑怯未練に命乞いをする自分を見たくないと、昔の侍は腹を斬った。理屈は説いても屁理屈をつけ、延命を計らないのが男だ。これを恥の文化という。
時が移り、時代が変わり城勤めも様相が変わった。時折、鋭い侍を現代にも見る。
八戸市役所三大侍
管財にいた差波氏、この人にも散々に噛み付いたが、あることを知って、筆者もそれに落涙し、前非を侘び、そのことをなした課長に礼を述べた。
次が現図書館長の川村氏、これも侍、しかし、今回の図書館のコピー機利用は疑問あり。だが、性根が座っているので期待充分。
次が収納課長のつる頭の堺氏、八戸の市税の七割を占めるのが固定資産税。46億円が未納。それとがっぷり取り組む。資産のある固定資産税はとりやすい。いよいよなら不動産を競売すればいい。だが、生活困窮者の国保税は取れない。もともと無い、鼻血もでない人からどう取り立てる? それでも29億円に上るこれを、必死の夜討ち朝駆けで頑張る。それが仕事だから。不器用だが力がある。これらの人を八戸市役所三大課長と筆者は呼ぶ。立派な人材だ。さて、水道企業団だが、独立不羈(どくりつふき・ふきはしばりつけられないこと。束縛されないこと)の道を選んだ以上、市役所とは決別しなければならない。妙に尻尾を市役所に絡めるな。
それは市役所互助会に加入していることだ。こんなところからは脱却せよ。そして自分達のためになる互助会を自分達で形成するのだ。市役所互助会は市民の目が届かないことを幸いと税金を使って夏の祭り、八戸三社大祭に山車を出した。市民は乞食のように、戸別に頭を下げて山車制作の金を集める、これが伝統の町衆の祭りなのだ。そして、互助会の金があまったと市役所に3億5千万円を密かに3月末に返却。これは東奥日報に大きく掲載された。そんな馬鹿互助会に加入するべきではない。独立不羈を唱えた以上、もう後戻りはできない。裸足で霰の降る道を走りだしたと等しい難行苦行が不羈だ。泣くな嘆くな男じゃないか、だぞ。
市役所から分離独立し、財産を掠め、債権債務を継承したなら、己が財産を管理する責任がある。これについては明日掲載。
さて、なんとなく二十年を過ごした水道企業団の職員は自覚が不足していただけ。自覚し、自分達は八戸市役所とは違う独自路線を歩む以外に方法がないならば、それを継続していかなければならない。市役所にはもう、戻れない、戻らない以上、自分達の行動に責任をもて。 それを持続継続するには方法がある。
職員が声がけすることだ。キチンといえない「おはようございます」「ありがとうございます」「私が間違っていました」この最後の言葉はなかなか言えない。が、噛み付きを得意とする筆者も、差波氏には前非を侘びた。侘びることは恥ずかしいことではない。侘びない自分にこだわることこそ恥ずかしいのだ。
声がけは自分を変える。自分が好調なときは、運を自分で切り開いてきたような気になり、開運・幸運は自分で手に入れたように思うが、本当は運というのは運ばれているものなのだ。俗に運が悪いという時は諸事万事の歯車が噛み合わなくなっている。
 その原因の大半は運が悪いという本人の側にある。運は心がけ次第で良くも悪くもなる。知らず知らずに悪い方向に迷い込まないことだ。
運気確認表
該当するものに○をつける。
1 朝早く目がさめる
2 夜すぐに眠れる
3 疲れが朝まで残らない
4 朝御飯を食べている
5 朝家族と顔をあわせるとおはようと声をかける
6 職場に出かけるとき誰もいなくとも行ってきますという
6 職場に着く前から知人に声をかける
7 職場で大声で挨拶する
8 いつもご苦労様です、ありがとうと声を出せる
9 貴方のおかげです、ありがとうと何時も感謝する
10 すみませんとすぐにわびる
11 眠る前に今日も楽しかったと1 日を省みる
12 自分の体の疲れた所を頑張ってくれて有難うと自分で揉む
13 自分の家の便所をすすんで掃除する
○が8以上の人は開運条件が揃っている。
 衰運・下運に陥ると
1 なんとなく去年より今の方がうまくいかない
2 疲れがとれない
3 人の言うことがいちいち気に障る
4 煙草の量が増えた
5 よく眠れない
6 気になることが増えた
こんなことがあてはまる人は運気確認表の事柄をしていない。
ものごとを成就させるには方法がある。
成功の鉄則(インド人が教える哲学)だ。これも又明日掲載。