はちのへ今昔
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八戸自動車史
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2007年9月1日土曜日
八戸自動車史 完結
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八戸市がバス事業買い取りで岩淵氏から訴えられた事件を奥南新報から掲載 バスにからむ岩淵氏の訴訟 工藤前保安課長も調べらる 八戸市を相手に岩淵栄助氏が提起していた市営バスに絡んだ訴訟の路線権利確認訴訟第二回口頭弁論は二十二日午前十一時から猪瀬裁判長、熊谷、中園両判事陪席、原告側気仙...
2007年8月1日水曜日
八戸自動車史 3
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○市営バスの発足 八戸市内の乗合自動車業も隆昌に向っている折から、昭和七年、当時の神田市長の市営バスの構想が具体化されはじめ、市内の乗合の各業者への営業権譲渡方の話し会いが持込まれた。このころ乗合業者の組合も、ほとんど有名無実となっていたが、このきっかけを得て再び団結の機をつか...
2007年7月1日日曜日
八戸自動車史 2
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O八戸から久慈まで自動車は行く 営業路線の許可を得た岩淵氏は、早速、常盤商会を速してリパブリック箱型(または電車型とも呼び現在のバスと同様の型)を購入した。渡辺という運転手も付いてきた。 そのころの一日、この渡辺運転手の助手台に乗せてもらって久慈まで行った上杉氏の談話をまとめ...
八戸自動車史と八戸市営バスを考える 1
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本を漫然と読んでいると気づかないことも、えっ、どうしてだろうと思うと次々に調べたくなるもの。自動車史の2を入力していて、八戸市営バスにつながることを知らされた。 つまり、現今では大赤字に悩んでいる市営バスを、かくなる事態が生ずるとも思わずに、市民の利便性を考えて、八戸にバス事業が...
2007年6月1日金曜日
八戸自動車史 1
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小中野の野田さんから拝借した八戸自動車史を紹介 ○自動車は来たか はじめて自動車の姿を目のあたりにした人々のことばを、今でも時おり耳にすることがある。 南部さんのお座敷に小林某という奉公人がいた。一九一〇年(明治四十三年)のいつのころだったか、八戸の町に自動車というものが来る...
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