はちのへ今昔
2007年5月1日火曜日
市役所互助会の山車は全額税金?だから受賞も三十回
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市役所の職員で構成する互助会、これには全職員が参加している。つまり市長から運転手までのすべて。 ここに市が金を出す。これは職員の福利厚生のため。その金額の決め方に問題あり。この額は誰が決める? 市長でもなければ市会議員でもない。人事課員が勝手に決めた。そして、この金額は毎年適当に...
生涯言論の人、堀川善雄は八戸に文化の大輪を咲かせた
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八戸の印刷文化に二人の旗手がいた。一人は昭和十二年、「月刊評論」を興した成田昌彦、もう一人が戦後、「北方春秋」を興した堀川善雄。成田は八中卒の生粋の八戸人。堀川は福島県人。相馬藩士の末裔。 戊辰戦争で奥羽列藩と共に徹底抗戦した会津藩は領地を明け渡し斗南藩として辺境の地、下北半島の...
月刊評論の時代、昭和十二年の八戸2
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深夜の大塚横丁を探る 酒場とカフェーはいわゆるインテリの鬱憤と見栄の捨てどころとか… さて最近市内にやたらに跋扈(ばっこ・「跋」は踏む、「扈」は竹やな。大魚が梁やなの中に入らないでおどりこえることから) 上を無視して権勢を自由にすること。転じて一般に、勝手気ままにふるまうこと。の...
小中野特集1 小中野小学校百年史から 1
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前号の田村邦夫氏の話から、吉田トミエさんを想起。この人を中心に八戸の音楽文化を探ろうと、八戸図書館で色々と調べると、小中野小学校百年史を発見。この冊子の凄いのは卒業生一覧がある。唸った。少年野球指導者、広田真澄氏の文もある。早速紹介。 思い出の野球と陸上競技 小中野体育協会長広田...
東奥日報に見る明治二十九年の八戸及び八戸人2
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津波惨話片々 母と子 岩手県北九戸郡門前にて潰れ家の下より頻りに救いを呼ぶ声あり堀り起こして見るに一婦人腰まで泥に入り六歳ばかりの女児を背にし三歳ばかりの男児を抱きおり背上の女児はすでに絆切(ことき)れてありたるが婦人も亦今しも救いの人の来たりしを見るより心の弛みにや息絶え残るは...
新企画 そばやの二階
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第一回座談会 そばの老舗 おきな (八戸市馬場町)で創業百周年記念イベントとして「八戸のあれこれを語る会」が四月十日午後二時から開催された。第一回と言うことで盛り上るようにと考えていたが後援となるはずの「月刊 はちのへ今昔」発行者の小川 真氏は此の日、想定もしていなかった...
障害者自立支援法の時代、本当に障害者の為になるのか1
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受益者負担一割。これで本当に障害者にとって暮らしやすい日本になれるのだろうか。八戸市の障害者福祉課で資料を頂戴。これが八戸市の障害者の実状 七十一歳・女性・愛護 寝たきりのため外への外出がもし可能であれば、季節のいい時期に車での外出でもできれば‥・。人手が少ないので難しいでしょう...
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